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2017年8月10日 (木)

尿中から覚せい剤成分が検出された被告人が無罪とされた事例

東京高裁H28.12.9      
 
<事案>
警察官に任意提出した尿中から覚せい剤成分が検出⇒覚せい剤使用の事実で起訴。 
 
一審 有罪 
 
<判断>
●わが国においては覚せい剤が厳しく取り締まられており、日常生活を送る中で、本人の意思に基づかずに覚せい剤が体内に取り込まれることは通常考え難い
⇒尿中から覚せい剤成分が検出されたことは、その者が自らの意思で覚せい剤を摂取したことを強く推認させる。 

この事実に加え、同人と覚せい剤との結び付きを示す事情や、覚せい剤の意図的な使用を疑わせる同人の言動等が認められるときは、前記推認は一層強いものとなり、その推認を妨げる特段の事情が認められなければ、同人が自らの意思で覚せい剤を窃取したとの事実を認定することができる。
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「日常生活を送る中で、本人の意思に基づかずに覚せい剤が体内に取り込まれることは通常は考え難い」との前提は、尿中から覚せい剤が検出された者の生活状況や人間関係等によって妥当性の程度に差異がある

前記のような推認を強める事情が認められないにもかかわらず、尿中から覚せい剤成分が検出されたことのみに基づいて、自らの意思で覚せい剤を摂取したものと認定するには、その者の生活状況等や推認を妨げる特段の事情に関する慎重な検討が必要

特段の事情につき検討するに当たっても、推認を妨げる事情があることの立証責任が被告人にあるかのような判断に陥らないように注意する必要がある。

本件においては、被告人の尿から覚せい剤成分が検出されたとの事実が認められるだけであって、被告人と覚せい剤との結び付きを示す事情や覚せい剤を使用したことを疑わせる被告人の言動等は見当たらない。

被告人が自らの意思で覚せい剤を摂取したものと推認することの適否や特段の事情の有無を慎重に検討し、
被告人の生活状況や人間関係等に照らせば、第三者が被告人の飲食物に覚せい剤を入れ、被告人の知らないままに覚せい剤がその体内に取り込まれたという可能性を否定することができず、被告人が自らの意思で覚せい剤を摂取したとするには合理的な疑いがある

原判決は、「何者かがわざわざ被告人の飲食物に覚せい剤を混入させるというのも、にわかには想定し難い」と判示するが、その旨を抽象的に述べるだけで、以上のような具体的な事実関係を踏まえた検討が行われた形跡はうかがわれない。 

・・・・被告人が、自己の身体から覚せい剤等の違法薬物の成分が検出されることを想定していなかったとの疑いを生じさせるものである。この疑いは単なる一般的な可能性に留まるとはいい難いにもかかわらず、原判決の前記説示は、その疑いを超えて、被告人が自らの意思で覚せい剤を摂取したと認定することができる理由の説明として実質的な内容を含んでおらず、捜索が入るとの話を被告人が聞いていたことについては検討の跡もうかがえない

被告人には覚せい剤を購入する資力はなかったとする原審弁護人の主張についても、それが根拠を欠く主張ではないにもかかわらず、原判決は、被告人が自らの意思で覚せい剤を窃取したとの推認を妨げる事情とはならないとの結論を示すだけで、そのように判断した理由の説明は全くない
 
<解説> 
注意すべきは、被告人が思い当たることとして説明する内容そのものが「特段の事情」ではないこと。
その説明内容が信用できないからといって「特段の事情がない」ことになったり、自らの意思で覚せい剤を摂取したとの推認が強化されたりするわけではない。

「特段の事情がない」ことの立証責任が検察官にあることは、刑事裁判における鉄則である。しかし、実質上、被告人に「特段の事情があること」の立証責任を負わせているのではないか、と思わせるような判示に遭遇することも稀とはいえない。
尿中からの覚せい剤成分の検出ほどの強い推認力がある場合でもないのに、「〇〇の事実が認められることからすれば、特段の事情のない限り、××の事実が推認される」などと判示することには慎重であるべき。

実際には、当該事案における個別具体的な事実関係に基づく事実上の推認にすぎないものを、あたかも一般的な経験則であるかのように表現することになるし、そのフレーズを使うことによって、立証責任を転換したかのような判断に陥る危険も生まれる。
本来「〇〇の事実からは、××の事実が推認される。△△の事実は右の推認を覆すものとはいえず、他に右の推認を覆すべき事情も認められない」、とすれば済む

判例時報2332

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