原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律1条3号に該当する者とされた事例
長崎地裁H28.2.22
<事案>
昭和20年8月9日に原子爆弾が長崎市に投下された際ないしその後、いわゆる「被爆未指定地域」で生活していたXらが、原爆投下時に爆心地から7.5ないし12キロメートルの範囲内の地域にある居住地において生活していたから、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律1条3号にいう「原子爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当すると主張
⇒長崎県又は長崎市に対し、被爆者健康手帳交付申請却下処分の取消し、同手帳交付の義務付け、健康管理手当の支払等を請求。
<解説>
被爆者援護法は、昭和32年制定の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律および昭和43年制定の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を統合する形でこれらを引き継ぐとともに、その援護内容をさらに充実発展させるものとして、平成6年に制定。
国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じることをその目的とする。
<争点>
Xらが被爆者援護法1条3号に該当するかどうか
<判断>
被爆者援護法1条3号の意義について、
前身の原爆医療法制定に至る経緯及び同法の定め、同法につき発出された通達・通知、同法の改正並びに原爆特例措置法の制定経過及び同法の定め、被爆者援護法制定に至る経緯、同法1条3号該当性の審査基準に係る運用(広島市の例も含む)等
⇒
同法の立法趣旨や健康被害を生ずるおそれがあるために不安を抱く被爆者に対して広く健康診断等を実施することが同法の趣旨に適うと考えられる
⇒
同法1条3号にいう「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった」とは、原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったことをいうものと解するのが相当であり、同事実の存否は最新の科学的知見に基づき判断すべきである。
①長崎に投下された原爆の概要、②放射線・被爆・原爆放射線に関する科学的知見、③下痢・脱毛・出血傾向の原因及び放射線による急性症状に関する知見、④被爆未指定地域における放射性降下物による外部被曝の状況、⑤内部被曝の影響、⑥遠距離被曝と急性症状の発症、⑩一定地域の住民に対する染色体異常・白血球数増加についての調査結果、⑪低線量被曝が人体に及ぼす影響等について、当事者から提出及び申請された多くの資料、専門家の意見等を整理し、詳細に吟味。
被爆未指定地域の住民は、その地域に降下した放射性降下物の発する放射線によって外部被曝及び放射性降下物を呼吸や飲食の際に摂取して内部被曝する状況にあったところ、被爆者援護法上の援護は、被爆者が原子爆弾の等価によって「特殊の被害」を受けたことを根拠にするもの
⇒
日常生活における個々人の生活状況の相違に起因する被曝の量の差に含まれる程度の被曝をしたことをもって、原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったというのは相当ではない。
具体的には、原爆投下による年間積算線量が自然放射線による年間被曝線量の平均2.4ミリシーベルトの10倍を超える25ミリシーベルト以上(福島原発事故において当初計画的避難地域に指定され、その後居住制限区域に指定された地域と同程度以上の年間被曝線量)である場合には、個々人の生活状況に起因する被曝の量の差を超える程度の被ばくをすると評価することができ、原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったというが相当。
Xらのうち原爆投下当時一定の地域に居住していた10名については、年間積算線量の推計値が
①減衰率をマイナス1.5とした場合、②マイナス1.2とした場合、③その平均値をとった場合の数値がいずれも25ミリシーベルトを超えており、被爆者援護法1条3号にいう「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった」というのが相当。
⇒これら10名による被爆者健康手帳交付請求却下処分の取消し請求及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める請求を認容。
but
同10名以外のXら(その被相続人を含む)については、本判決が示す前記の基準に達していない⇒同法1条3号に該当すると認めることはできない。
判例時報2333
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