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2017年5月 9日 (火)

「政府の病」

政府と1918年から1960年にかけて成人となった世代との間以上に政治的蜜月になったことはない。この期間に誰かが行う必要があると感じたものは全て政府に委ねられ、その仕事は確実に行われるものと、全ての人が信じたように思われた。

しかし、今日、私達の態度は変化している。我々は急速に政府への疑問と不信に向かっている。我々はなお、習慣のみから、社会的な仕事を政府に委ねる。我々はなお、不成功なプログラムを何度も手直しし、進行中の手直しが治癒しないであろうことは、プログラムについて何も悪くないと断言する。しかし、私たちは、不奏功のプログラムを3度直す時には、もはやこれらの約束を信じない。我々はもはや政府からの結果を期待しない。例えば、誰が米国(又は国連)の対外援助プログラムの変更が急速な世界規模の開発を生み出すと信じるだろうか。長い間人々との政府の間の情熱的なロマンスであったものは、今日、どうやって断ち切ればいいかがわからず、長引くことで悪化した、くたびれた、中年の関係となった。

ソース:The Daily Drucker 10 May.

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