金融商品取引法167条3項違反の罪の教唆犯の成立(肯定)
東京高裁H27.9.25
<事案>
証券会社の執行役員であった被告人が、同証券会社が公開買付者との間で締結した契約の締結の交渉または履行に関し、公開買付者が株券の公開買付けを行うとの事実を知り、同事実をAに伝えて、その公表前に同株券を買い付けるよう促すなどして教唆し、Aに公表前に株券を買い付ける金融商品取引法違反の犯罪を実行させたというインサイダー取引の事案。
<規定>
金融商品取引法は
167条1項において、
公開買付者等関係者は、株券等の公開買付け等の実施または中止に関する事実を知った場合には、
公開買付け等の実施または中止に関する事実の公表がされた後でなければ当該株券等の買付けまたは売付け等をしてはならないと規定
同項3項において、
公開買付者等関係者から公開買付け等事実の伝達を受けた者(第一次情報受領者)も
公開買付け等事実の公表がなされた後でなければ当該株券等の買付けまたは売付け等をしてはならないと規定
197条の2において、それらの違反行為に対する罰則を規定
but
第一次情報受領者から公開買付け等事実の伝達を受けた者について株券等の買付けまたは売付け等を禁止する規定は置いていない。
刑訴法 第313条〔弁論の分離・併合・再開〕
裁判所は、適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離し若しくは併合し、又は終結した弁論を再開することができる。
<検察官>
主位的訴因として、被告人には167条1項4号違反の罪の、Aには同条3項違反の罪の共同正犯
予備的訴因として、被告人にはAの同条3項違反の罪の教唆犯ないし幇助犯が成立すると主張。
<原審>
主位的訴因の共謀が認められない。
予備的訴因に基づき、法167条3項違反の罪の教唆犯の成立を肯定。
<弁護人>
①事実誤認
②訴訟手続の法令違反:
被告人はAに公開買付け等事実を伝達していないと主張⇒そうであるならAは第一次情報受領者ではなく、Aは不処罰となる可能性がある⇒両者に対する事件は分離すべきではなく、事件を分離して審理・判決した原審の訴訟手続に法令違反あり。
③法令適用の誤り:
法167条3項の罪の成立にあたっては、公開買付け等事実の伝達が構成要件上不可欠とされているのに、同法には伝達行為を処罰する規定なし⇒伝達行為は不可罰と解すべき。
<判断>
●争点②について
①事件の併合・分離は裁判所の広範な裁量に委ねられている
②被告人・弁護人は共謀を争い、Aの弁護士人は起訴事実を認めて早期の審理終結を希望
⇒
Aを被告人の地位から可及的速やかに解放することを考慮すれば、Aに対する事件を分離した原裁判所の措置に裁量権の逸脱はない。
●争点③について
(次の)原判決の説示は正当。
①金商法167条1項において、公開買付者等関係者が公開買付け等に関する事実を知って自ら取引を行うことは、一般投資家に比べて著しく有利になるもので極めて不公平であり、そのよな取引を放置すると証券市場の公正性と健全性が損なわれ、ひいては証券市場に対する一般投資家の信頼が失われる⇒禁止。
②公開買付者等関係者が公開買付け等事実を第三者に伝達し、脱法的に第三者に取引を行わせることもあるし、そうでないとしても、公開買付け等事実の伝達を受ける第三者は公開買付者等関係者と何らかの特別な関係にあると考えられる⇒そのような者が取引を行った場合にも証券市場の構成が害される⇒同法は、同条3項において、第一次情報受領者による取引も禁止。
~
同条3項の規制は、同条1項の規制を補完し、インサイダー取引規制の趣旨を徹底することを目的としたもの。
⇒同条3項違反の罪の教唆行為は十分可罰的。
<解説>
●構成要件上予定されている行為について処罰規定がない場合に、その行為について刑法の共犯規定を適用できるか(必要的共犯の内の対向犯の問題)?
最高裁昭和43.12.24:
弁護士法72条違反の非弁行為を依頼した者を同法違反の教唆者として処罰できるか?
「ある犯罪が成立するについて当然予想され、むしろそのために欠くことができない関与行為について、これを処罰する規定がない以上、これを、関与を受けた側の可罰的な行為の教唆もしくは幇助として処罰することは、原則として、法の意図しないところと解すべき」
最高裁昭和51.3.18:
預金等に係る不当契約の取締に係る不当契約の取締に関する法律4条、2条1項2号違反事件において、いわゆる導入預金の融資を受ける第三者の共同正犯としての責任も否定。
43年最判の弁護士法72条違反の非弁行為の依頼者は、自らが弁護士法72条に規定する行為をしても処罰されない。
51年最判の事案も同じ。
but
金商法167条3項違反で情報伝達をすると予定されている公開買付者等関係者は、自ら株券等の買付けまたは売付け等をしたときは、同条1項各号違反として処罰される。
判例時報2319
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