覚せい剤自己使用の事案で鑑定に付された尿が被告人の尿であるとは認められない⇒無罪
東京地裁立川支部H28.3.16
<事案>
覚せい剤自己使用の事案について、検察官が被告人の尿から覚せい剤成分が検出されたことを証するものとして証拠請求をした鑑定書が、その鑑定対象となった尿につき被告人の尿であるとは認められず、関連性がないとして、証拠採用されず、他に被告人の身体に覚せい剤が摂取されたことを証する証拠もないとして、無罪が言い渡された事案。
<解説>
①覚せい剤自己使用事案において、被告人が事実関係を争っても、被告人の尿の鑑定書により、被告人の体内に覚せい剤が摂取されたことは容易に立証される。
②尿鑑定書により被告人の体内に覚せい剤が摂取されたことが立証されれば、覚せい剤が厳しく取り締まられている禁制薬物であって、通常の社会生活の過程で体内に摂取されることはあり得ない⇒被告人は特段の事情のない限り、自己の意思で覚せい剤を摂取したものと推認される(高松高裁H8.10.8)。
⇒
尿鑑定書は最重要証拠。
<判断>
●捜査手続上の瑕疵が指摘
①本件の強制採尿について、実際には関与していない警察官が、強制採尿の実施と尿の差押えを報告する内容の捜索差押調書を作成。その内容も実際の経過と異なる虚偽のもの。
②尿の鑑定嘱託が、地域課の警察官からの問い合わせを受けるまでされず、尿の差押えから20日後になってされたもの。
③鑑定嘱託された被告人の尿が入っているとされる採尿容器は、氏名、日付、指印欄のいずれもが白地の封かん紙により封かん。
④鑑定嘱託書について、原本と、記載内容は同じであるが、フォント等体制が異なる謄本が作成されている(この謄本に違法はないが、現在では、原本と同じ電子データを活用して印字するか、原本をコピー機で複写する方法で、謄本を作成することが多く、原本と謄本との体裁は異ならないものであることが多い)。
⑤本件の捜査手続には、複数の捜査関係者が関与しているが、採尿容器が白地の封かん紙で封かんされている経緯を説明できる捜査関係者が1人もいない。
上記①について、捜査の適法性の審査を欺く、重大な違法がある証拠。
上記②について、捜査の最も基本的な事項さえ踏襲されておらず、著しく信頼性の低い捜査と評されてもやむを得ない。
●強制採尿手続に関与した警察官らが、1人として、被告人の尿を入れた採尿容器の封かん紙が白地であったと供述していない。
⇒封かん紙に署名したとする被告人の供述を排斥することはできない。
⇒鑑定された尿が被告人の尿ではない疑いを払拭できない。
●仮に白地の封かん紙で封かんされたものであったとしても、その採尿容器が、外観自体から、被告人の尿が入れられたものであるといえるわけではない。
⇒他の検体と取り違えられたり、すり替えられたりした可能性がないといえなければ、鑑定に付された尿が被告人のものであるとの立証がされたとはいえない。
本件において、
①封かん紙に被疑者自ら署名等をさせるという、採尿手続に係る基本的な準則が、正当な理由なく遵守されていない
②準則を遵守できなかった事情を証する捜査報告書等も一切残されていない
③関与した捜査官が1人としてその事情を説明することができない
⇒
取り違えやすり替えの可能性を排除できたとはいえない。
⇒鑑定に付された尿が被告人の尿であるとの証明はされたことにはならない。
<解説>
採尿手続には、被疑者が封かん紙への氏名等の記入を拒否することもあろうから、封かん紙の氏名や指印欄に被疑者の署名や指印が得られない場合もあり得るが、その場合には、捜査官は、何故被疑者による署名や指印がないのかという経緯を説明する捜査報告書等を作成すべき。
判例時報2321
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
| 固定リンク
「判例」カテゴリの記事
- 懲戒免職処分に先行する自宅待機の間の市職員の給料等請求権(肯定)(2023.05.29)
- 懲戒免職された地方公務員の退職手当不支給処分の取消請求(肯定)(2023.05.29)
- 警察の情報提供が国賠法1条1項に反し違法とされた事案(2023.05.28)
- 食道静脈瘤に対するEVLにおいて、鎮静剤であるミダゾラムの投与が問題となった事案 (過失あり)(2023.05.28)
- インプラント手術での過失(肯定事例)(2023.05.16)
「刑事」カテゴリの記事
- 詐欺未遂ほう助保護事件で少年を第一種少年院に送致・収容期間2年の事案(2023.05.07)
- 不正競争防止法2条1項10号の「技術的制限手段の効果を妨げる」の意味(2023.05.01)
- 保釈保証金の全額没収の事案(2023.04.02)
- 管轄移転の請求が訴訟を遅延する目的のみでされた⇒刑訴規則6条による訴訟手続停止の要否(否定)(2023.04.02)
- いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例(2023.03.23)
コメント