市が土地開発公社の取得した土地をその簿価に基づき正常価格の約1.35倍の価格で買い取る市長の判断の適法性(適法)
最高裁H28.6.27
<事案>
大洲市が大洲市土地開発公社との間で土地の売買契約を締結し、これに基づき市長が売買代金の支出命令をしたところ、市の住民のXらが、前記売買契約の締結及び前記支出命令が違法であるなどとして、市の執行機関であるYを相手に、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、前記売買契約の締結及び前記支出命令をした当時の市長の相続人らに対して不法行為に基づく損害賠償の請求をすることや本件公社等に対して不当利得返還の請求をすることを求める住民訴訟。
平成16年8月26日:市⇒公社に対し、・・土地の先行取得を依頼。
同年9月29日:公社は、本件土地を含む保留地を1㎡6万3700円で取得。
市⇒公社に隣接地を1㎡当たり、約8万4700円での取得を依頼し、
平成16年12月7日、本件隣接地取得契約締結。
本件隣接地の平成16年2月7日時点の正常価格は、1㎡当たり6万6700円。
平成19年8月14日、本件土地を1㎡7万2400円で購入。
同日時点での正常価格は1㎡5万3500円。
不動産鑑定士による鑑定によれば、本件土地及び本件隣接地における平成16年12月7日から平成19年8月14日までの間の地価変動率は、マイナス10.7%。
<規定>
地方自治法 第2条〔地方公共団体の法人格、事務、自治行政の基本原則〕
⑭地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。
地方財政法 第4条(予算の執行等)
地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。
<一審・原審>
本件売買契約のうち本件隣接地に係る部分に財務会計法規上の違法はない。
同契約のうち本件土地に係る部分につき、
①本件土地の取得価格がその正常価格の約1.35倍に及んでいること
②前記取得価格は、市が不動産鑑定や近隣の土地の分譲価格等との比較を行わず、本件公社の所有する保留地の簿価に基づいて算定された1㎡当たりの金額に本件土地の面積を乗じて決定したものにとどまること等
⇒
市が本件土地の取得のために支出した費用のうち本件土地の正常価格の1.15倍を超える部分は、地方公共団体の財政の適正確保の見地から合理性、妥当性を欠くものであり、これを私法上無効としなければ法の趣旨を没却する結果となる特段の事情は認められないものの、市長の裁量を逸脱、濫用したものとして、地方自治法2条14項や地方財政法4条1項に違反する財務会計行為として違法。
⇒
一部認容。
<判断>
市が既に取得していた隣接地と一体のものとして事業の用に供するため、土地開発公社の取得した土地をその簿価に基づき正常価格の約1.35倍の価格で買い取る売買契約を締結した市長の判断は、
①前記隣接地の取得価格は、近隣土地の分譲価格等を参考にした定められたものであり、相応の合理性を有するものであったこと、
②前記売買契約に係る土地の1㎡当たりの取得価格を下回るものであり、これを地価変動率で前記売買契約締結当時のものに引き直した価格をも下回るものであったこと等の判示の事情
⇒
その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となるとはいえない。
<解説>
●
本件隣接地及び本件土地の必要性の有無やその取得価格が不当に高額であるか否か等を踏まえ、
①本件売買契約又はこのうち本件隣接地に係る部分の先行行為である本件隣接地取得契約が私法上無効であるか否か
②仮に①の点が認められないとしても、本件売買契約が財務会計法規上の義務に違反して違法に締結されたものであるか否か
が問題。
●
最高裁(昭和62.5.19、H16.1.15)によれば、
地方公共団体の締結した契約が私法上無効であるか否かが争われる場合、
①まず、当該契約が法令又はその趣旨に反するか否か(契約の違法)を検討し、この点が認められることを前提として、
②これを無効としなければ法令の趣旨を没却する結果となる特段の事情があるか否か(特段の事情の存在)を検討するとの立場。
広域連合が土地を賃借する契約につき賃料額が私的鑑定において適正とされた賃料額より高額であることを理由として当該契約が違法でありその賃料の約定が無効であるとした原審の判断に違法があるとした最高裁H25.3.28:
前記①の契約の違法として、契約の対価の適否の観点から地方自治法2条14項、地方財政法4条1項違反が問題とされた場合については、契約の対価が鑑定評価等において適正とされた価格を超えたことをもって、直ちに契約の締結を違法とするのではなく、契約の対価に係る地方公共団体の長の判断に諸般の事情を相互考慮した上での裁量権の逸脱・濫用が認められるかどうかを検討すべきとの立場。
⇒
本件の場合、
当該契約の締結については、当該不動産を買い取る目的やその必要性、契約の締結に至る経緯、契約の内容に影響を及ぼす社会的、経済的要因その他の諸般の事情を総合考慮した合理的な裁量に委ねられており、当該契約に定められた買取価格が鑑定評価等において適正とされた正常価格を超える場合であっても、前記のような諸般の事情を総合考慮した上でなお、地方公共団体の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものと評価されるときでなければ、当該契約に定められた買取価格をもって直ちに当該契約の締結が地方自治法2条14項等に反し違法となるものではないと解することになる。
以上の点は、当該契約の締結が財務会計行為に先行する原因行為に当たり、これが私法上無効になるか否かが問題となる場合についても同様であると解される。
●
原審は、本件売買契約の締結について、その取得価格と正常価格との較差の程度や取得価格の決定方法等に着目し、
本件隣接地の取得に関する部分には財務会計法規上の違法がないとする一方で、本件土地の取得に関する部分には財務会計法規上の違法があると判断。
vs.
①そもそも本件隣接地の取得価格は、本件公社による前記保留地の分譲価格や近隣2か所の件基準値の標準価格等を参考にして定められた相応の合理性を有するもの(原審も、本件隣接地の取得価格が市長の裁量権を逸脱・濫用するものとは認めていない。)ところ、
本件隣接地と一体として利用される本件土地の取得価格は、このような本件隣接地の取得価格を下回るだけでなく、これを本件鑑定で示された地価変動率により本件売買契約当時のものに引き直した価格をも下回っている。
⇒その価格自体から特に高額であるとはいえないと考えられる。
②そもそも正常価格(=不動産鑑定評価基準総論では「市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価格を表示する適正な価格」)は、個人の主観的事情や特別な事情(例えば、取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりするような特別なものであること等)を捨象した客観的な経済価値として判定されるものであり、本件土地の正常価格は、前市長が本件土地の取得価格を決定する際の考慮事情となる本件土地を取得する目的や本件売買契約の締結に至る経緯等は考慮せずに算出されたものであること、本件土地の取得価格と正常価格との較差(約1.35倍)も本件隣接地の取得価格と正常価格との較差(約1.27倍)と比較して顕著な相違があるとはいえない
⇒この点から直ちに前市長の裁量権の逸脱・濫用を認めることもできない。
③本件土地の取得価格の決定方法も、不動産鑑定等や近隣土地の分譲価格等の比較が行われていない点で、取引の実例価格等を必ずしも考慮していない面があることは否定できないが、当該取得価格の算定基礎とされた前記保留地の平成19年度期末簿価は、本件土地を含む前記保留地の取得に要した経費等を積算したもので一定の算定根拠を有するものであり、これを基礎として算定された当該取得価格が前記①のとおり本件隣接地の取得価格等を下回るものであったことからすと、前市長が前記簿価に基づいて本件土地の取得価格を決定したことが明らかに合理性を欠くとはいえない。
⇒
原審が本件土地の取得価格やその決定方法等に関して指摘した点は、いずれも本件公社との間で本件売買契約を締結した前市長の判断に裁量権の逸脱・濫用があることを理由付けるものとはいえないと考えられる。
判例時報2314
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
| 固定リンク
「判例」カテゴリの記事
- 懲戒免職処分に先行する自宅待機の間の市職員の給料等請求権(肯定)(2023.05.29)
- 懲戒免職された地方公務員の退職手当不支給処分の取消請求(肯定)(2023.05.29)
- 警察の情報提供が国賠法1条1項に反し違法とされた事案(2023.05.28)
- 食道静脈瘤に対するEVLにおいて、鎮静剤であるミダゾラムの投与が問題となった事案 (過失あり)(2023.05.28)
- インプラント手術での過失(肯定事例)(2023.05.16)
「行政」カテゴリの記事
- 重婚的内縁関係にあった内妻からの遺族厚生年金等の請求(肯定事例)(2023.05.07)
- 船場センタービルの上を通っている阪神高速道路の占有料をめぐる争い(2023.04.26)
- 固定資産評価審査委員会の委員の職務上の注意義務違反を否定した原審の判断に違法があるとされた事例(2023.04.22)
- 生活扶助基準の引下げの改定が違法とされた事例(2023.03.27)
- 幼少期に発効された身体障碍者手帳が「・・・明らかにすることがでできる書類」に当たるとされた事例(2023.03.20)
コメント