刑法207条(同時傷害の特例)の法意
最高裁H28.3.24
<事案>
共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死において、同時傷害の特例を定めた刑法207条の適用の可否が問題となった事案。
先行する第一暴行と後行する第二暴行が共謀なく行われ、その結果被害者が急性硬膜下血腫に基づく急性脳腫脹のために死亡。
第一暴行及び第二暴行は、そのいずれもが死因となった急性硬膜下血腫の傷害を発生させることが可能なものであるが、同傷害が第一暴行と第二暴行のいずれによって生じたのかは不明。
検察官は、第一暴行の関与者と第二暴行の関与者の全員について、刑法207条を前提に傷害致死罪が成立すると主張。
<規定>
刑法 第207条(同時傷害の特例)
二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。
<一審>
仮に第一暴行で既に被害者の急性硬膜下血腫の傷害が発生していたとしても、第二暴行は、同傷害をさらに悪化させたと推認できる
⇒いずれにしても、被害者の死亡との間に因果関係が認められることとなる
⇒死亡させた結果について、責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提に欠けることとなるとしてその適用を否定
⇒
第二暴行の関与者のみに傷害致死罪を認定
第一暴行の関与者には傷害罪を認定
<原審>
検察官の控訴を容れ、刑法207条の適用要件である第一暴行と第二暴行の機会の同一性等に関する審理を求めて、事件を第一審に差し戻した。
<判断>
同時障害の特例を定めた刑法207条について、2人以上が暴行を加えた事案においては、生じた結果の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多い
⇒共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている。
検察官が、
①各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること、及び
②各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと(=同一の機会に行われたものであること)
の証明をした場合、
各行為者において、自己の関与した暴行が傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れない。
共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死の事案において、刑法207条適用の前提となる前記のような事実関係が証明された場合には、いずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定されるときであっても、各行為者について同条の適用は妨げられない。
⇒上告を棄却。
<解説>
●刑法207条の法的性質論
A:法律上因果関係を推定する規定
B:挙証責任を転換する規定
C:挙証責任の転換とともに一種の法律上の擬制を用いたもの(通説)
挙証責任の転換ないしは因果関係の推定などといった例外的な規定
⇒厳格に適用すべき。
●刑法207条と傷害致死罪への適用
A:肯定説
B:否定説
● 一審判決
vs.
①暴行と死亡との間の因果関係を直ちに問題としている点で、暴行と傷害との間の因果関係が不明である場合の規定である刑法207条の規定内容と相容れない
②その立場を貫けば、本件で死亡の結果が発生しなかった場合であっても、第二暴行が傷害を悪化させている以上、同条の適用を否定しなければ整合しない
③第一暴行の程度がいかに激しくても、第二暴行と死亡との間に因果関係が認められれば、第一暴行については傷害罪にとどまることになる
●
本件と同様の二人以上による傷害事犯において、先行者の暴行後に共謀加担した者は、共謀加担以前に生じていたい傷害結果についてはその責任を負わないとした最高裁H24.11.6
~
承継的共同正犯の問題として、因果関係がないことが明らかな傷害結果について帰責性を否定したものであり、
因果関係の有無が不明な傷害結果について立証の責任を被告人に負わせることにより帰責性を肯定する同時傷害の特例とは、問題状況が異なる。
判例時報2312
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