« 石綿粉じんばく露について、国賠請求と企業の責任が認められた事例 | トップページ | 美容外科における説明義務違反の不法行為(肯定) »

2016年11月16日 (水)

「数量化の限界」

私が数量化主義者でない最も主要な理由は、社会での重要な出来事は数量化できないからである。例えば、1900年か1903年のヘンリーフォードの、利益を最大化する方法は独占者になること(=生産を低くおさえ価格を高くすること)という一般的な経済的知見の無視は、儲ける方法は、価格を低く設定し、生産を高めることであるという想定を導いた。この「大量生産」の発明は、完全に産業経済を変えた。しかしながら、フォードの成功が彼を米国で、そしておそらく世界で最も金持ちの経営者とした何年も後の1918年や1920年でも、その影響を数量化することは不可能であった。彼は、産業生産、自動車産業、そして経済一般に大変革を起こし、とりわけ、我々の産業の認識を完全に変えた。

世界を変えるユニークな出来事は「辺境での」出来事である。それが統計的に重要になる時には、それはもはや「未来」ではなく「現在」でもない。それはすでに「過去」である。

ソース:The Daily Drucker 17 November.

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
 
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))

|

« 石綿粉じんばく露について、国賠請求と企業の責任が認められた事例 | トップページ | 美容外科における説明義務違反の不法行為(肯定) »

ドラッカー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「数量化の限界」:

« 石綿粉じんばく露について、国賠請求と企業の責任が認められた事例 | トップページ | 美容外科における説明義務違反の不法行為(肯定) »