自招行為と正当防衛・過剰防衛
東京高裁H27.6.5
<争点>
①殺意の有無
②正当防衛の成否
<一審>
裁判員裁判
①殺意を認定
②正当防衛については、「被告人に正当防衛が認められる状況になかったということはできない」。被告にが被害者を殺害した行為は、正当防衛が認められる状況でなされたものではなあるが、防衛行為として許容される限度を超えている⇒過剰防衛が成立。
⇒
被告人を懲役7年6月に処した。
<判断>
「急迫の侵害」がなかったのに過剰防衛の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認。
⇒
被告人を懲役13年に処した。
<解説>
●自招行為と正当防衛の成否:
最高裁昭和52.7.21:
単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさない。
最高裁H20.5.20:
客観的事実経過を前提に、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものであり、被告人の傷害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない⇒正当防衛のどの要件が欠けているかということに特に触れず、積極的加害意思論とは異なる論理によって正当防衛を否定。
本判決:
被告人が、
①被害者らを挑発して、被告人に暴行を加えるために被害者らが被告人方に来る事態を招き、
②被害者らが被告人方に来て暴行を加えてくる可能性がかなり高いと認識しながら、
③そのような事態を招いた自らの発言について被害者らに謝罪の意向を伝えて、そのような事態を解消するように努めたり、そのような事態になっていることを警察に告げて救助を求めたりなどすることが可能であったのに、そのような対応をとることなく、
④被害者らが暴行を加えてきた場合には反撃するつもりで、被害者らとは別の暴力団に属する被告人の弟を被告人方に呼ぶとともに、殺傷能力の高いシースナイフを反撃するのに持ち出しやすい場所に置いて準備して対応し、
⑤被害者らから暴行を受けたことから、これに対する反撃として本件刺突行為に及んだものであり、
⑥被害者らによる被告人の弟及び被告人に対する暴行が被告人らの予期していた暴行の内容、程度を越えるものでない
⇒
本件刺突行為については、正当防衛・過剰防衛の成立に必要な急迫性を欠く。
~
積極的加害意思論によらずに、侵害回避義務の内容を具体化しつつ、「急迫性」という要件を否定。
●事実誤認と経験則
本件で、第一審判決と本判決で結論を異にしたのは、被告人の侵害の予期の程度・内容に関する事実認定の相違
刑訴法382条の「事実誤認」について最高裁H24.2.13:
「第一審判決の事実認定が論理則、経験則に照らして不合理であることをいう」とし、「控訴審が第一審判決を事実誤認があるというためには、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である」と判示。
本判決は、被害者らが被告人方に車での経緯及び被告人方に到着してからの状況についての第一審の事実認定を指示しつつも、本件において正当防衛が認められる状況になかったとは認められないとした第一審の判断は、経験則等に照らして不合理であって支持できないとして、「急迫の侵害」がなかったのに過剰防衛のの成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があると判示。
①被告人が被害者らにかけた電話での発言について
第一審:
被告人の方から被害者らに対して挑発を仕掛けたものとは認められず、自ら侵害を招いたものとして正当防衛が許される状況になかったというべき根拠となるほどの落ち度とは評価できない
本判決:
被告人は、被害者らを挑発して、被告人に暴力を加えるために被害者らが被告人方に来る事態を招いた
~
「暴力をいとわない暴力団組織に所属している被害者らに対して、その暴力団組織を軽んずる発言をしている状況」をどのように評価するかという問題。
②被害者らからの攻撃人対する予期の程度について
第一審:
「被害者らが被告人方に来る可能性があることを認識しながらも、その程度としては、確実と認識していたとまでは認められず、来るかもしれないし来ないかもしれないといった程度の認識にとどまる」「はじめから本件シースナイフを持って被害者らに応対しているわけではないことからすと、万が一に備えて準備していたにすぎないと認めるのが相当であり、本件シースナイフを使用して積極的に被害者らに対する殺傷行為に及ぼうとしていたとも認められない」
本判決:
「被告人としては、暴力団員である被害者らがこれに応じて被告人方に来て暴力を加えてくる可能性が高いと認識していたと推認できる」「被告人は、被害者らから暴行を加えられる事態になったときには、本件シースナイフで被害者らに反撃することも想定して、本件シースナイフを準備していたと推認できる。そして、本件シースナイフの殺傷能力の高さに照らせば、上記反撃で被害者らを殺傷することもやむを得ないと思っていたものと認められる。」
~
被告人が被害者らとは別の暴力団に所属する弟に事情を伝えて呼び出したことや、殺傷能力の高い本件シースナイフを外から戻って取りやすい勝手口付近に置いて準備していたことといった客観的な事実との関係で経験則に反しないかどうかといった観点から審査。
判例時報2297
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