JR西日本福知山線の脱線転覆事故と同社の歴代代表取締役社長3人の刑事上の過失(否定)
大阪高裁H27.3.27
<争点>
被告人らにおいて、本件曲線での速度超過による列車脱線転覆事故が発生する危険性についての具体的予見可能性があったかどうか
<原審>
予見可能性を否定⇒無罪。
■予見可能性の判断手法等について
●指定弁護士の主張
第一審:
被告人らは、各過失期間において、本件線形変更工事による本件曲線の半径、制限速度の変更内容(①②)や、ATS(自動列車停止装置)の設置基準と本件曲線がその基準に該当すること(③)、曲線における速度超過事故の例(④)、ダイヤ改正による快速列車の増加(⑤)などの事情を認識していたこと(被告人Cは、①を認識し、②から⑤を認識し又は容易に認識できたことなど)により、本件曲線において列車の脱線事故が発生する危険性を予見できた旨主張(本件曲線の半径の変化等は、担当者に調査させれば容易に判明した事情であるといった点も、付加して主張されていた)。
控訴審:
事実認定としての予見可能性だけではなく、具体的予見可能性の判断手法という過失の解釈の側面に関わる問題を大きく取り上げる内容。
①予見可能性判断の基礎事情等について、被告人と同様の大規模鉄道事業者として社会通念上要請される情報収集措置により認識し得た事実として、本件曲線の半径の長さや制限速度等も予見可能性の判断の基礎となること、
②予見可能性の程度については、一般常識の範囲内として想定しておくことが要請されるという程度の蓋然性をもって認識できれば足りる(大幅な速度超過の状態で本件曲線に進入すれば強い遠心力により列車が脱線転覆するおそれがあると常識的にいえれば、予見可能性は肯定できる)こと
等が主張。
●判断
原判決の「過失犯における結果の予見可能性は、一般通常人が認識し得た事実及び行為者が特に認識した事情を基礎として、結果が具体的に予見可能であるか否かという検討手法により判断されてきた。ここで一般通常人とは、被告人らと同じく大手鉄道会社の代表取締役等を想定することになり、その立場の一般人において一般に認識し得た事実が予見可能性判断の基礎とされる」を引用し、この判断手法に誤りがあるとはいえない。
「予見が可能であることとは、例えば、内容が十分に特定されない危惧又は不安といった一般的、抽象的な程度の予見では足りず、構成要件的結果及びその結果発生に至る因果の経過の基本的部分について予見が可能であることをいう」
~
従来の裁判例の考え方を踏襲したもので、危惧感説の立場をとらないことを明らかに。
規範的・評価的な側面の強い事後判断に重きをおいて予見可能性を認定しようとするのは、責任主義という基本原則に反し、賛同できないといった考え方が随所にうかがわれる
●解説
刑法上の過失について、結果の予見可能性及び予見義務、結果の回避可能性及び回避義務を内容とする注意義務違反であると解されており、具体的な結果発生の予見が可能であったかどうかが、当該注意義務を負う者の地位等の属性によって類型化される一般通常人の注意義務を標準に判断されている(最高裁昭和42.5.25)。
■予見可能性の認定判断等について
● 本件曲線の特徴は、比較相対的にいえば、速度超過による脱線転覆事故が起きる可能性を示す事情といえるとしても、同種、類似の曲線は他にも相応に存在し、また、本件事故当時、後に採用された手法で転覆危険率を算出し、個々の曲線ごとに脱線転覆の危険性を分析するといった見当も行われていなかった。
⇒被告人らやJR西日本の関係者が、列車脱線転覆の具体的危険性が高い箇所として特に本件曲線に着目することは、かなり困難であったと認めざるを得ない。
本件事故の直接の原因は、大幅な速度超過状態で列車を走行させ本件曲線に侵入させたという運転士の「異常な運転」であり、そのことは社会通念上予見が相当困難な事態であった旨判示しており、本件のような事故が発生する危険性や、その原因としての直接性・重要性の両面において、運転士の異常運転こそが本件事故のいわば核心であって、被告人らがそのような事態を具体的に予見することが相当困難であった以上は、(本件曲線において)本件のような列車脱線転覆事故が発生する危険性を予見することができたと認めるのは困難との見方。
判例時報2292
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