自衛隊機等の差止請求(厚木基地航空機運行差止訴訟控訴審判決)
東京高裁H27.7.30
1.自衛隊機の午後8時から翌日午前8時までの運行差止めの認容
2.米軍機の運行差止めは、存在しない行政処分の差止めを求めるものであるとして不適法却下
厚木基地航空機運行差止訴訟控訴審判決
<事案>
近隣住民67名が、Y(国)に対して、厚木基地に離着陸する航空機の発する騒音により身体的被害及び精神的被害を受けているとして、行政事件訴訟法に基づき自衛隊航空機及び米海軍航空機の一定期間の運行の差止め等を求めた事案。
<請求>
主位的請求:
①自衛隊の一定の態様の運航(午後8時から翌日午前8時までの間の運行、訓練のための運行、一定値を超える騒音をX1に到達させる運航(「係争の運行態様」))の差止め
②①と同態様による米軍機の運航のために厚木基地の一定の施設および区域を使用させることの差止め
予備的請求:
行訴法に規定する公法上の法律関係に関する訴訟(いわゆる実質的当事者訴訟)として、
①人格権(平穏生活権)に基づく「係争の運航態様」の妨害排除請求(第1順位)
②「係争の運航態様」をなさない義務を負うことの確認請求(第2順位)
③「係争の運航態様」によって生じる各騒音をX1らの居住地に到達させない義務を負うことの確認請求(第3順位)
④各種航空騒音の受忍義務のない旨の確認請求(第4順位)
<経緯>
周辺住民は、昭和51年9月以降本件訴えまでにYを被告として3回にわたって厚木基地に離着陸する航空機の騒音等によって被害を受けているとして運行差止と損害賠償を求めて提訴⇒民事上の運行差止めは否定されたが損害賠償責任は肯定する判決が確定(最高裁H5.2.25)。
限定的ながら将来にわたる損害賠償請求も認容。
<規定>
行政事件訴訟法 第37条の4(差止めの訴えの要件)
差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。ただし、その損害を避けるため他に適当な方法があるときは、この限りでない。
2 裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする。
3 差止めの訴えは、行政庁が一定の処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。
4 前項に規定する法律上の利益の有無の判断については、第九条第二項の規定を準用する。
5 差止めの訴えが第一項及び第三項に規定する要件に該当する場合において、その差止めの訴えに係る処分又は裁決につき、行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、裁判所は、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずる判決をする。
<判断>
●自衛隊機の運航と公権力の行使
防衛大臣の権限に自衛隊機の運航を統括する権限も含まれる。
自衛隊機の運航は必然的に騒音等の発生を伴い、防衛大臣のこの権限の行使は、自衛隊機の運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務付けることになる。
⇒周辺住民との関係において、公権力の行使に当たる。
●原告適格について
自衛隊機の運航により一定程度異常の騒音等の被害を受けることによりその主張する人格権等の権利を侵害する住民が運航の差止めについて法律上の利益を有するというべき。
●重大な損害を生ずるおそれ
損害の重大性を判断するためには、①自衛隊機運航処分によりX1らに生ずるであろう損害の性質及び程度を勘案して、損害回復の困難の程度ばかりでなく、②自衛隊機運航処分の内容及び性質、すなわち、その公共性や公益性をも考慮することを要する。
本件の場合、X2らの被害は、騒音による睡眠妨害やその他の生活妨害によりその人格的利益は大きく損なわれている。そのうち睡眠妨害の程度は相当深刻なものであり、その被害の性質上、金員の支払のみによっては損害が填補され、これを回復することはできない。
その被害の実態に照らすと、「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められ、公共性や公益性のみをもってこれを否定することはできず、この点は、同処分の違法性の判断において考慮されることとなる。
●補充性について
X1らに生ずるおそれのある重大な損害を避けるために他に適当な方法があるとは認められない。
●自衛隊運航処分の違法性について
自衛隊機運航処分は、防衛大臣に広汎な裁量が認められるので、裁量行為に該当し、その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法となり、その差止めが認められる。
行訴法の差止めの訴えが認められるためには、民事上の損害賠償を求める際の判断基準となる受忍義務を超えているか否かという意味での違法性ではなく、行訴法の定める違法性に関する請求認容要件である防衛大臣がその与えられた裁量権の範囲を逸脱又は濫用したという意味での違法性が必要。
自衛隊機の運航が、防衛政策全般にわたる判断の下、極めて高度な政治的、専門的及び技術的な判断に基づくものであり、緊急の必要性が高いということができる。他方、自衛隊機運航処分は、その全部について緊急性が認められるわけではないので、切迫した状況にない場合にはこれを行う時間帯を制限しても、これによって達成しようとする行政目的を阻害するとまではいえない。
●自衛隊機に対する予備的請求(当事者訴訟)に係る訴えについて
◎給付請求
事実行為としての自衛隊機運航処分は、その行使に当たって一方的に周辺住民に対して騒音等による被害の受忍を義務付けるだけで、これらの者との法律関係について具体的な法の規定を欠く以上、周辺住民の側に防衛大臣ないしその所属する国に対して直接公法上の権利として何らかの給付を求め得る権利を付与したものと解することは困難。
◎確認請求
X1らと防衛大臣ないしその所属する国との間に公法上の法律関係を認めることはできず、かつ、自衛隊機運航処分による被害からの救済を求めるには差止の訴えによることができる。
⇒予備的請求はいずれも確認の利益を欠く。
●米国機差止めの訴えと予備的請求(当事者訴訟)に係る訴えについて
本件米軍機差止請求に係る訴えは、存在しない行政処分の差止めを求めるものとして不適法⇒却下。
米軍機に関する予備的請求に係る訴え
⇒確認の利益を欠き不適法として却下、あるいは、国の支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものであるから主張自体失当として棄却。
<解説>
●抗告訴訟としての差止訴訟
差止請求は、平成16年の行政事件訴訟法改正前においては、明文の根拠規定はない⇒無名抗告訴訟として提起するほかなく、それが認められる要件を理論的に構築する必要があり、現実に提起するのは困難が伴った。
改正後、差止訴訟は抗告訴訟として明文化。
●実体的権利について
判例は、これまで環境権を正面から定義することに消極的
本判決も、原告適格を認める際に「一定程度以上の騒音等の被害を受けることによりその主張する人格権等の権利を侵害される住民が運航の差止めについて法律上の利益を有する」とし、
違法性の一判断要素として、「航空機の発する騒音により睡眠妨害、聴取妨害及び精神的作業の妨害からなる生活妨害、アノイアンスや健康被害への不安をはじめとする精神的苦痛」を「被害の質及び量の問題」として指摘するにとどまっている。
●基地訴訟の特殊性への配慮
差止めを認める要件である「重大な損害を生ずるおそれ」の判断の中で、「自衛隊機運航処分の内容及び性質、すなわち、その公共性や公益性をも考慮することを要する」とし、また、違法性の判断においても、「自衛隊機の運航が、自衛隊法に規定された防衛出動(等)を行うために行われる場合、航空機をいつ、どの程度使用するかといったことは、防衛政策全般にわたる判断の下、極めて高度な政治的、専門的及び技術的な判断に基づくものであり、緊急の必要性が高いということができる」とし、「客観的にやむを得ない事由に基づく場合」には「除外事由としておくのが相当である」として、その特殊性に一定の配慮を示している。
判例時報2277
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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