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2016年1月16日 (土)

ヘイトスピーチ規制についてのアメリカの法状況①:R.A.V.判決

R.A.V.判決(R.A.V.v.City of St.Paul, Minnesota, 505 U.S.377(1992))

黒人の自宅敷地内で十字架を燃やした者が起訴された事例で、根拠となったのが、市の「偏見を動機とする犯罪条例」中の、「他の者に、人種、肌の色、新庄、宗教または性別に基づく怒り、恐怖または敵意を引き起こす」と知ってしかるべき物体や文書などを設置した者を軽罪に処するとする条文。この条文には、例示として、燃える十字架やナチスのカギ十字を挙げていた。

州最高裁:この条例の規制対象は、連邦最高裁判例で規制が許されるとした「喧嘩言葉(fighting words)」に限定されると解釈し、そうであれば合憲であると判断。

連邦最高裁:この解釈を前提にしても、当該条文は違憲である。

①確かに名誉毀損やわいせつ表現などいくつかの範疇の表現は憲法上保護されないとされてきたが、このことは、これらの範疇内の表現はどのように規制しても憲法とは関係ないということを意味するわけではない。それらの中の禁止でも「憲法上禁止しうる内容(わいせつや名誉毀損など)」に基づかない場合には、内容に基づく許されない差別扱いとなりうる。
②「政府は名誉毀損を禁じることができる。しかし、政府は、政府に批判的な名誉毀損のみを禁止する、さらなる内容による差別を行うことは許されない」。たとえ「喧嘩言葉」の範疇内であっても、そこで伝えられるメッセージについての評価を理由にした規制は許されない
③部分規制について、まさにその理由に基づく部分規制ならば問題ない。わいせつ表現の中でわいせつ性の高いものだけを禁止することには、憲法上の問題はない。これに対し、わいせつ表現の中でも、政治的メッセージに基づく部分規制は許されない。

法廷意見は、本事案で問題となった条例は、まさに人種、宗教や性別など特定の主題に関する「喧嘩言葉」のみを禁止するものであり、さらに実際には、それらの主題に関して寛容や平等を説く側には反対は批判のための「喧嘩言葉」の使用を容認しつつ、憎しみを表現しようとする側の「喧嘩言葉」の使用を禁じるという、見解に基づく規制としても働く、という。このような規制は、議論の土俵を歪めるものであって、許されない。

確かに、人種などに基づく憎悪には対抗する必要があるが、「その対抗の仕方は、言論を選択的に制約することであってはならない。」「修正一条のポイントは、多数派の選好は、内容に基づいて言論を黙らせること以外の方法で表現されなければならないということである」

市側は、歴史的に差別されてきた人々の基本的人権を確保するという、やむにやまれぬ利益のためのものだとして厳格審査をパスすると言うが、この利益がやむにやまれぬものだとしても、その達成のためには本条例のような内容差別が不可欠とはいえない。


人種などの「偏見を動機とする」憎悪の広がりに対して対抗することや、歴史的に差別されてきた人々の人権を確保することを、公権力の重要な任務として認めている。にもかかわらず、この任務も、公権力がその立場に反する内容の言論を禁止することを正当化しないとされている。

公権力は思想について中立的である必要はないが、自己の立場で表現の自由規制を正当化してはならない。これは、表現の自由法理の鉄則といってもよいものであり、R.A.V.判決はこの鉄則をヘイトスピーチにも貫徹した。

ある内容の表現が特に強い感情的反応を引き起こすとしたら、それはまさに内容によってもたらされた効果であり、それを理由とする規制は内容に基づく規制に他ならない。これもまた、表現の自由法理の鉄則。

以上、毛利透京都大学大学院教授「ヘイトスピーチの法的規制について」(法学論叢176巻2・3号210頁(2014)、212頁~)

尚、ヘイトスピーチ規制の問題について http://kmasafu.moe-nifty.com/blog/2016/01/post-f4d2.html

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