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2016年1月 9日 (土)

「専制政治への代替としてのマネジメント」 (毎日ドラッカー、1月10日)

●機能する自律的組織に代わるものは、自由ではない。それは全体主義の専制政治である。

我々の多元社会の組織が責任ある自律において機能しなければ、我々は、個人主義も人に自己実現のチャンスがある社会も持たない。我々は、かわりに、誰も自律を許されない、完全な統制を課す。私達は、自分のことについての楽しい自主性はもちろん、参加的民主主義でなく、スターリン主義を持つ。専制政治は、強力な、機能する自律的組織の唯一の代替物である。

専制政治は、競争する組織の多元性を、1人の絶対的なボスに代える。責任を恐怖に代える。それは組織をなくし、それらすべてを1つの包括的な官僚主義の下に置く。それは、気まぐれに、無駄に、低いレベルで、そして、莫大なコストをかけて、苦しみと屈辱と欲求不満の下で、製品とサービスを生み出す。よって、我々の組織に責任をもって、自律的に、高いレベルの達成で、任務を遂行させることは、機関の多元社会における自由と尊厳の唯一の防衛である。責任あるマネジメントの遂行は、専制政治の代替であり、それに対する唯一の防護である。

アクションポイント:あなたが責任をもつ組織のパフォーマンスを改善するために、あなたや他の人は何ができるのか。

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