受訴裁判所によってされた刑訴法90条による保釈の判断に対する抗告審の審査の方法
最高裁H26.11.18
1.受訴裁判所によってされた刑訴法90条による保釈の判断に対する抗告審の審査の方法
2.詐欺被告事件において保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定に刑訴法90条、426条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
<事案>
一審で審理中のLED照明の架空取引に関する詐欺被告事件について、保釈請求を認めた原々決定を取り消し、保釈請求を却下した原決定に対し特別抗告が申し立てられた事案。
<規定>
刑訴法 第433条〔特別抗告〕
この法律により不服を申し立てることができない決定又は命令に対しては、第四百五条に規定する事由があることを理由とする場合に限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる。
②前項の抗告の提起期間は、五日とする。
刑訴法 第405条〔上告のできる判決、上告申立理由〕
高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
刑訴法 第90条〔裁量保釈〕
裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
刑訴法 第426条〔抗告に対する決定〕
抗告の手続がその規定に違反したとき、又は抗告が理由のないときは、決定で抗告を棄却しなければならない。
②抗告が理由のあるときは、決定で原決定を取り消し、必要がある場合には、更に裁判をしなければならない。
<一審>
共犯者らの主張の相違等に照らせば実効性ある罪証隠滅行為に及び現実的危険性は高くなく、一連の架空取引において被告人と同様の立場にあった共犯者は既に執行猶予付き判決が確定している中、被告人の勾留が相当期間に及んでいることを踏まえて、保釈を許可したものもの理解される。
<原決定>
被告人が共謀も欺罔行為も争っていて、罪証隠滅のおそれが相当に強度であるから、未だ被害者1名の尋問さえも終了していない現段階で、被告人を保釈することは一審の裁量の範囲を超えたもの⇒原々決定と取り消し、保釈請求を却下。
<判断>
①抗告審は、原決定の当否を事後的に審査するものであり、
②被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)
⇒
①抗告審としては、受訴裁判所の判断が、委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか、すなわち、不合理でないかどうかを審査すべきであり、
②受訴裁判所の判断を覆す場合には、その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある。
but
原決定は、これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。
本件の審理経過等に鑑みると、保証金額を300万円とし、共犯者その他の関係人との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって、このような不合理とはいえない原々決定を、裁量の範囲を超えたものとして取り消し、保釈請求を却下した原決定には、刑訴法90条、426条の解釈適用を誤った違法があり、これが決定に影響を及ぼし、原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
<解説>
解説①
●
刑訴法 第90条〔裁量保釈〕
裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
~
基本的に保釈の判断は現に審理を担当している受訴裁判所の自由な裁量に委ねられている。
「適当と認めるとき」とは、完全な自由裁量を認める趣旨ではなく、合理性のあるものでなければならない。
判例(最高裁昭和29.7.7):
保釈許可決定に対して、抗告裁判所は、同決定が違法かどうかにとどまらず、それが不当であるかも審査できる。
~
ここにいう不当との意味は、抗告審が基本的には事後審の性質を有することや前記の刑訴法に照らせば、受訴裁判所の裁量の範囲内にとどまる判断について抗告審の心証と異なる場合(すなわち、抗告審が受訴裁判所の立場であれば裁量保釈しあにという場合)をいうのではなく、受訴裁判所の判断が委ねられた裁量の範囲を逸脱して不合理である場合をいう。
⇒
抗告審が、受訴裁判所の判断を覆す場合には、その判断が不合理であることを示すことになる。
●
チョコレート缶事件判決(最高裁H24.2.13)を機に、控訴審が原則として事後審であることを踏まえ、事実誤認があるという場合には、一審判決の事実認定が論理則、経験則に照らして不合理であることを具体的に示すよう運用。
①抗告審も基本的には事後審であること、②受訴裁判所による裁量保釈における裁量の範囲が事実認定の場面以上に大きい
⇒裁量保釈に関する抗告審においても、受訴裁判所の判断が不合理であることを具体的に示すべき。
<規定>
刑訴法 第432条〔準用規定〕
第四百二十四条、第四百二十六条及び第四百二十七条の規定は、第四百二十九条及び第四百三十条の請求があつた場合にこれを準用する。
刑訴法 第423条〔抗告の手続〕
抗告をするには、申立書を原裁判所に差し出さなければならない。
②原裁判所は、抗告を理由があるものと認めるときは、決定を更正しなければならない。抗告の全部又は一部を理由がないと認めるときは、申立書を受け取つた日から三日以内に意見書を添えて、これを抗告裁判所に送付しなければならない。
解説②
●
本決定は受訴裁判所による保釈の判断に関するものであり、第一回公判期日までの裁判官による保釈の判断については、別途の考慮が必要。
①現に審理を担当し、証拠調べ等を通じて心証を形成している受訴裁判所の裁量の範囲>②具体的な審理が全く始まっていない段階で、予断排除の要請から受訴裁判所に代わって判断するにすぎない裁判官の裁量
保釈許可決定にせよ保釈却下決定にせよ、決定書には詳細な理由までは付されないのが通常。
第1回公判期日前の保釈の判断に対する準抗告については、意見書の送付もされない(刑訴法432条は423条を準用していない。)。
⇒(第一回公判期日までの場合)考慮要素が多岐にわたる裁量保釈の判断について、準抗告審が保釈担当裁判官の判断をうかがい知ることにも限界がある。
●
判断権者によって保釈の判断が分かれ得るような事案であれば、保釈を認め、あるいは却下した理由を意見書に具体的に記載すべき。
裁判所と両当事者間で了解されている審理や追起訴の予定など、受訴裁判所が判断に際して考慮したが記録に現れていない事情について記載するのが適当なこともある(条解刑訴)。
意見書に具体的な記載がない場合⇒抗告審としては、一件記録からうかがわれる受訴裁判所の判断の理由について検討し、受訴裁判所と異なる結論に至るときには、記録からうかがわれた受訴裁判所の判断が不合理であることを相応の根拠をもって説示すれば、本決定の要請を満たしている。
意見書の送付がない準抗告でも同様。
判例時報2245
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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