公職選挙法204条の選挙無効訴訟において選挙人が同法205条1項所定の選挙無効の原因として同法9条1項並びに11条1項2号及び3号の規定の違憲を主張することの可否(否定)
最高裁H26.7.9
公職選挙法204条の選挙無効訴訟において選挙人が同法205条1項所定の選挙無効の原因として同法9条1項並びに11条1項2号及び3号の規定の違憲を主張することの可否
<事案>
平成25年7月21日に施行された第23回衆議院議員通常選挙の選挙人である上告人兼申立人Xが、被上告人兼相手方Y(中央選挙管理会)を相手に、本件選挙のうち比例代表選出議員の選挙を無効とすることを求める事案。
①相模原市内に設置された比例選挙の投票記載台に誤って選挙区選挙の候補者の氏名が掲載されるなどの過誤
②公職選挙法9条1項が18歳及び19歳の国民について選挙権を与えていないことや
③同法11条1項2号及び3号が受刑者の選挙権を制限していることが憲法に違反するなどの無効原因を主張。
<規定>
行政事件訴訟法 第5条(民衆訴訟)
この法律において「民衆訴訟」とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいう。
行政事件訴訟法 第42条(訴えの提起)
民衆訴訟及び機関訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる。
裁判所法 第3条(裁判所の権限)
裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
公職選挙法 第204条(衆議院議員又は参議院議員の選挙の効力に関する訴訟)
衆議院議員又は参議院議員の選挙において、その選挙の効力に関し異議がある選挙人又は公職の候補者(衆議院小選挙区選出議員の選挙にあつては候補者又は候補者届出政党、衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては衆議院名簿届出政党等、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿届出政党等又は参議院名簿登載者)は、衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(選挙区選出)議員の選挙にあつては当該都道府県の選挙管理委員会を、衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙にあつては中央選挙管理会を被告とし、当該選挙の日から三十日以内に、高等裁判所に訴訟を提起することができる。
公職選挙法 第205条(選挙の無効の決定、裁決又は判決)
選挙の効力に関し異議の申出、審査の申立て又は訴訟の提起があつた場合において、選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、当該選挙管理委員会又は裁判所は、その選挙の全部又は一部の無効を決定し、裁決し又は判決しなければならない。
2 前項の規定により当該選挙管理委員会又は裁判所がその選挙の一部の無効を決定し、裁決し又は判決する場合において、当選に異動を生ずる虞のない者を区分することができるときは、その者に限り当選を失わない旨をあわせて決定し、裁決し又は判決しなければならない。
・・・・
<原審>
Xの主張をいずれも退けた。
<判断>
●上告について
民衆訴訟である公職選挙法204条の選挙無効訴訟は、同法において選挙権を有するものとされている選挙人らによる候補者に対する投票の結果ついての選挙の効力を、選挙人又は候補者が、「選挙の規定に違反することがあるとき」、すなわち、主として選挙管理の任にある期間が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接そのような明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく損害される時という無効原因の存在を主張して争う争訟方法であり、同法の規定において一定の者につき選挙権を制限していることの憲法適合性については、同条の選挙無効訴訟において選挙人等が選挙権の制限に係る当該規程の意見を主張してこれを争うことは法律上予定されていない。
選挙人が公職選挙法204条の選挙無効訴訟において同法205条1項所定の選挙無効の原因として本件各規定の意見を主張し得るものとはいえない。
●上告受理について、民訴法318条1項により受理すべきものと認められない⇒不受理。
<解説>
●選挙に関する訴訟は、行政事件訴訟法5条に定義される民衆訴訟。
同法42条で、「法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる」。
~
選挙をめぐる訴訟は、元来、個人の利益の保護を目的とするものではなく、選挙が公正に行われることを確保するという公共の利益のために行われるもの
⇒本来的に司法権に固有の範疇に属する「法律上の争訟」(裁判所法3条)ではなく、法律によって特に提起することが認められる訴訟。
民衆訴訟である選挙訴訟について、公職選挙法は、法律に定める者として「選挙人又は公職の候補者」を規定し(202条ないし204条)、選挙無効の判決をしなければならない場合として「選挙の規定に違反することがあるとき」と規定(205条1項)。
~
選挙訴訟は、公職選挙法における選挙人又は公職の候補者のみが提起できるものであり、また、無効原因としては、公職選挙法205条1項にいう「選挙の規定に違反することがある」ことを理由とするもののみが予定。
●
特定の範囲の個人の選挙権が制限されているような場合、自己の選挙権の侵害を理由として本来的に司法権に固有の範疇に属する「法律上の争訟」たる主観訴訟により救済されることが予定されている。
最高裁H17.9.14は、当該事件の原告らが在外国民の選挙権を制限している公職選挙法の規定が憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反していると主張して次回の選挙において、在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票することができる地位の確認等を求め、認容。
●判例:公職選挙法205条1項の選挙無効の要件としての「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接かような明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されていることを指すものであるとしている。
「選挙の基本理念である選挙の自由の公正の原則が著しく阻害されるとき」に当たるか否かが問題となった判例:
①選挙管理委員会委員長らが候補者に対し権限なくその選挙運動用ポスター記載の文言の抹消を求めた行為が、当該選挙の自由公正を著しく阻害したものとして肯定された事例(最高裁昭和519.30)
②村長選挙において現職の町長が他の立候補予定者の立候補を妨害して自ら無投票当選を果たした行為が、単に特定の立候補予定者の立候補を阻止したにとどまらず、自らが無投票により当選人となることによって、選挙人全般がその自由な判断により投票をする機会を完全に奪ったとして肯定した事例。
~
これらの事例では、「選挙の自由の公正の原則が著しく阻害された場合」とは、
(1)候補者が他からの干渉によってその政見その他の主張を自由に選挙人に訴えることを妨げられ、
(2)その結果、選挙人が、候補者の政見その他の主張を正しく理解することできず、投票すべき候補者の自由な意思による選択を妨げられたような場合であって、その程度の著しいものが主として想定されていたと考えられる。
本件各規定のように、一定の者につき選挙権を制限している規定については、その違憲が右のような意味での「選挙の自由公正の原則が著しく阻害された場合」に当たると解することは困難。
●
①定数配分規定、区割規定の合憲性、
②衆議院小選挙区選出議員の選挙と衆議院比例代表選出議員の選挙との重複立候補制度、
③衆議院議員選挙の比例代表制・小選挙区制
④選挙運動に関する規定
⑤供託制度
⑥参議院議員選挙につき採用している非拘束名簿式比例代表制
の合憲性判断
~
①以外については、(1)候補者が自由に政見等を選挙人に伝えること又は、(2)これを前提に選挙人が自由な判断により候補者を選択することが妨げられる場合であって、その程度が著しいものに辺り得るとして、判例理論の範疇で説明し得る余地がある。
but
これらの事由は、定数配分規定及び区割規定の合憲性の問題と同様に、単純に再選挙を行うだけで違法状態が解消されるものではなく、その是正のためには公職選挙法等の改正を要する。
~
本来公職選挙法205条が想定していた無効原因とは異なるものであることからすと、最高裁判例は、他に前記の規定の違憲を主張してその是正を求める機会がないことなども考慮して、選挙無効訴訟の特殊な類型として特例的にこれらを許容しているものと考えられる。
but
定数訴訟等においても、公職選挙法の規定において一定の者が選挙権を制限されていることが憲法に反することが無効原因に当たり得ることを前提として判断した最高裁判例はない。
また、最高裁H17.9.14を前提にすると、本件各規定により選挙権を認められていない国民は、本件各規定が憲法に違反することを主張して、地位確認等の主観訴訟を提起することができる余地がある。
●
本件は、選挙人の資格を制限する本件各規定が憲法に違反することを、選挙無効請求訴訟において選挙無効の原因として主張することができない旨を明らかにしたもの。
判例時報2241
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
| 固定リンク
「判例」カテゴリの記事
- インプラント手術での過失(肯定事例)(2023.05.16)
- 共同漁業権から派生する漁業行使権に基づく諫早湾干拓地潮受堤防排水門の開門請求を認容する確定判決に対する請求異議訴訟(2023.05.16)
- 分限免職処分を違法とした原審の判断に違法ありとされた事例(2023.05.14)
- ロードサービスの不正利用についての損害賠償請求の事案(2023.05.14)
- 学校でのいじめ等での国賠請求(2023.05.14)
「行政」カテゴリの記事
- 重婚的内縁関係にあった内妻からの遺族厚生年金等の請求(肯定事例)(2023.05.07)
- 船場センタービルの上を通っている阪神高速道路の占有料をめぐる争い(2023.04.26)
- 固定資産評価審査委員会の委員の職務上の注意義務違反を否定した原審の判断に違法があるとされた事例(2023.04.22)
- 生活扶助基準の引下げの改定が違法とされた事例(2023.03.27)
- 幼少期に発効された身体障碍者手帳が「・・・明らかにすることがでできる書類」に当たるとされた事例(2023.03.20)
コメント