デラウェア州最高裁判所の取締役の経営判断原則についての判例
■取締役の義務・・・注意義務と経営判断原則
Smith v. Van Gorkom 488 A.2d 858(Del.1985)
<事案>
多額の投資控除に見合う課税所得を挙げることが困難な状況⇒Trans Union社は、退任間近であったCEOのVan Gorkomを通じて、企業買収かPritzkerとの間で自社の買収交渉⇒Trans Union社の取締役会は、2時間にわたる検討の末、Pritzkerとの合併契約の締結を承認。
Trans Union社の大半の取締役は、Pritzkerとの合併契約の承認が同日の取締役会の議題であることを事前に知らされておらず、主にVan Gorkomの口頭での20分間の説明に基づいて本件合併契約を承認。投資銀行などの外部の専門家によって合併対価の公正さに関する意見が示されることはなかった。
Pritzerとの合併契約では、合併対価としてTrans Union社の株式1株あたり55ドルの現金が支払われることとされていた。この買収価格(当時のTrans Union者の株価に約50%のプレミアムを上乗せした価格)は、Van GorkomからPritzkerに対して提案されたもので、Trans Union社の企業価値に基づいて算出された金額というわけではなく、LBO(買収者が買収対象会社の資産を担保に買収資金を借り入れる買収手法)の実現可能性という観点のみに基づいて算出された金額。
合併契約では、Trans Union社は契約の締結後90日間は競合する買収提案を受け入れることができる(ただし同社から積極的に買収の勧誘をすることはできない)ことや、取引保護条項として、PritzerがLBOのための融資を受けられることを条件に、Trans Union社の株式100万株を1株あたり38ドルで取得するオプションがPritzkerに与えられることなどが定められた。
Trans Union社の取締役会は、本件の合併契約が締結されても90日間は競合する買収提案を受け入れることができることから、マーケット・テストを通じて、Pritzkerが提案した買収価格の妥当性を確認できると考えていた。
以上を内容とする本件合併契約は、1981年2月10日に開かれたTrans Union社の株主総会で、発行済株式の69.9%の賛成をもって承認された(反対派7.25%)。
Trans Union社の株主は、信認義務違反を理由に同社の取締役に対して損害賠償を求めるクラス・アクションを提起。
<判断>
Pritzkerによる現金を対価とした合併の申込みに応じて、会社を一株あたり55ドルで売却することを決めた1980年9月20日の取締役会の経営判断は、十分に情報を得た上でなされたものではない・・・・取締役は、Van Gorkomが会社の売却を推し進め、一株あたりの買収価格を算定するにあたって果たした役割につき十分な情報を得ておらず、また、会社の真の経済的価値について情報を得ていなかった。・・・取締役が、危機による緊急事態や非常事態でないにもかかわらず、事前に通知を受けることなく、2時間の検討基づいて会社を売却することを承認した点において、少なくとも重過失が認められる。
企業価値に関する他の適切な情報がない中で、プレミアムの存在だけでは、提案された買収価格の公正さを評価するための十分な根拠とはならない。
取締役は、記録をみる限り、マーケット・テストが実現できると期待する相当な根拠を何ら有していなかったと言わざるを得ない。
⇒Trans Union社の取締役には株主に対する信認義務違反が認められる
⇒取締役の責任を否定した衡平法裁判所の判決を破棄して、株主が被った損害の額を算定するために必要となる同社の株式の公正な価格を算定するために、衡平法裁判所に差し戻した。
⇒
差戻し後衡平法裁判所において、取締役から株主に合計2350万ドルを支払うことで最終的に和解が成立。
<解説>
●経営判断原則:
特定の例外事由に該当しない限り、取締役の経営判断は、裁判所や株主によって争われたり覆されたりすることはなく、取締役は、たとえ明らかに誤りであったと思われる判断であっても、経営判断の結果に対して責任を問われることはないという内容の審査基準。
経営判断の内容に対する審査:
経営判断原則の4つの条件(
①取締役は経営判断をしなければならない、
②取締役は、経営判断にあたり、当該状況の下で、適当であると合理的に信じるに足る程度の情報を得ていなければならない、
③経営判断は誠実になされなければならない、
④取締役は経営判断の対象に経済的な利害関係を有してはならない
)が満たされることを前提に、相当性(rationality)を基準とした審査が行われる。
経営判断の過程に対する審査:
上位4つの条件(特に②の条件)が満たされるか否かを判断する中で審査され、そこでは重過失(gross negligence)の有無が基準となる。
この意味での重過失が認められるためには無謀(recklessness)とも評価できるような取締役の注意義務に対する無頓着または無関心が要求される。
●
文言上は、経営判断の過程における重過失の有無を問題とした。
but
事案を詳細に検討すれば、Trans Union社の取締役に、経営判断の場面において従来基準とされてきたような内容の重過失が認められるとは考えにくい。
←
①Trans Union社の取締役に不適切な動機が存在したとは認められない
②彼らは十分な経営判断能力を有していた
③取引に経済的な合理性が認められる
④短時間で結論を出したのは買収者の求めに応じたため
⑤株主に支払われたプレミアムが高額
⑥株主の圧倒的多数の賛成を得ている
●
デラウェア州では、1986年に立法府によって、デラウェア一般会社法102条(b)項(7)号が制定。
~
株主の同意を得て会社の定款に定めることを設けることを条件に、取締役が信認義務に違反することによって会社または株主に対して負う損害賠償責任を、一定の適用除外事由に該当しない限りは、事前に免除することを認めるもの。
⇒
今日のデラウェア州の大半の会社で導入。
⇒
今日では、会社の損害に基づく株主代表訴訟であれ、株主の損害に基づく株主による直接訴訟であれ、株主が注意義務違反を理由に取締役に対して損害賠償責任を追及する場合には、当該訴えは、被告である取締役の申立てに応じて、事実審理に移行することなく裁判所によって却下。
⇒
今日では、取締役の行為の差止めが問題となる場面はさておき、取締役の責任が問題となる場面では、本判決の法理に基づく判断が示される余地は著しく限定。
アメリカ法判例百選118
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