逃亡犯罪人の引渡命令の手続きと憲法31条
最高裁H26.8.19
逃亡犯罪人引渡法35条1項が同法14条1項に基づく逃亡犯罪人の引渡命令につき行政手続法第3章の規定の適用を除外し上記命令の発令手続において改めて弁明の機会を与えることを要しないものとしていることと憲法31条
<事案>
東京高検の検察官が東京高裁に対してした逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当するかどうか(「引渡制限事由の存否」)についての審査の請求につき、逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当する旨の決定を東京高裁が行った
⇒
処分行政庁である法務大臣が逃亡犯罪人引渡法14条1項により東京高検検事長に対しXを逃亡犯罪人として韓国に引き渡すことを命ずる本件命令を発した。
⇒
Xが、本件命令の取消訴訟を提起した上で、行政事件訴訟法25条に基づき本件命令の執行停止を求めた。
<規定>
憲法 第31条〔法定手続の保障〕
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
憲法 第81条〔法令等の合憲性審査権〕
最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
<解説>
●逃亡犯罪人の引渡手続
①外務大臣から引渡請求書等の送付を受けた法務大臣は、明らかに逃亡犯罪人を引き渡すことができない場合に該当すると認めるときなどを除き、まず、東京高検検事長に対して、引渡制限事由の存否について東京高裁に審査の請求をなすべき旨を命じなければならない(逃亡犯罪人引渡法4条)。
②東京高検の検察官は、引渡制限事由の存否について東京高裁に審査請求(同法8条)。
③逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当する旨の東京高裁の決定⇒法務大臣は、逃亡犯罪人を引き渡すことが相当であるかどうかを判断した上で、東京高検検事長に対してその引渡しを命ずるとともに、逃亡犯罪人にその旨を通知(同法14条1項)。
逃亡犯罪人を引き渡すことができない場合:
引渡犯罪が政治犯罪であるとき、
引渡犯罪が請求国の法令により死刑又は無期若しくは長期3年以上の拘禁刑に当たるものでないとき、
引渡犯罪に係る事件が日本国の裁判所に係属しているとき
逃亡犯罪人が日本国民であるとき
等、逃亡犯罪人引渡法2条各号に列記された事由があるときのほか、
請求国との間に個別の引渡条約がある場合には、当該条約所定の事由もこれに当たる。
東京高裁が行う引渡制限事由の存否の審査については、弁護士の補佐を受けることができ、逃亡犯罪人及び補佐する弁護士には、意見を述べる機会が保障されている(同法9条2項、3項)。
東京高裁は、逃亡犯罪人又は補佐する弁護士が意見を口頭で述べたい旨を申し出た時、証人又は鑑定人を尋問するとき、その他審査をするについて必要があるときは、審問期日を開かなければならないとされ(逃亡犯罪人引渡法による審査等の手続に関する規則19条1項)、審問期日の手続は公開の法廷で行われ、逃亡犯罪人及び補佐する弁護士は、この手続に立ち合い、裁判長の許可を受けて証人等を尋問することができる(同規則20条、22条1項、2項)。
逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当する旨の東京高裁の決定に対しては不服申立ての方法が設けられていないが、最高裁H2.4.24で、憲法81条に違反しない旨の判断。
●
行政手続法は、行政庁が法令に基づき特定の者を名宛人として直接にこれに義務を課し、又はその権利を制限する処分を不利益処分と定義した上で(2条4号)、行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、意見陳述のための手続として、所定の区分に従い、その名宛人となるべき者について、聴聞又は弁明の機会の付与の手続を執らなければならない(13条1項)。
法務大臣が発する逃亡犯罪人の引渡命令は、形式的には東京高検検事長が名宛人であるが、逃亡犯罪人にその旨が通知され、その後、請求国からの求めに応じて逃亡犯罪人が引渡されることになる⇒実質的には逃亡犯罪人が名宛人であり引渡命令は行政手続法にいう不利益処分に当たると解する余地。
⇒
本来的には、処分行政庁である法務大臣が引渡命令を発する際に、逃亡犯罪人について聴聞又は弁明の機会の付与の手続を採らなければならない。
逃亡犯罪人法35条1項は、同法に基づいて行う処分については行政手続法第三章の規定を適用しない旨を規定⇒不利益処分に関する定めである同章の適用を除外⇒法務大臣が逃亡犯罪人の引渡命令を発する際には、聴聞や弁明の機会の付与の手続を要しない。
←
①司法審査を含めた慎重な事前手続が定められている上、②緊急性を有するものであること。
<抗告審>
行政手続について憲法31条の定める法定手続の保障が及ぶと解すべき場合であっても、事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合衡量して決定されるべきものであり、逃亡犯罪人の引渡命令の発令手続において、行政手続法第三章の適用除外が定められ、事前に告知、弁解、防御の機会を与えるなどの代替手段が採られていないからといって、これを憲法31条の法意に反するものということはできない。
<判断>
逃亡犯罪人の引渡命令は、東京高裁において、逃亡犯罪に及びこれを補佐する弁護士に意見を述べる機会や所要の証人尋問等の機会を与えて引渡の可否に係る司法審査が行われ、これを経た上で引渡しをすることができる場合に該当する旨の決定がされた場合に、これを受けて発せられるもの。
このような一連の手続の構造等を踏まえ、当該処分により制限を受ける逃亡犯罪人の権利利益の内容、性質、制限の程度、当該処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合衡量すれば、逃亡犯罪人引渡法35条1項が、行政手続法第三章の規定の適用を除外し、引渡命令の発令手続において改めて弁明の機会を与えるものとまではしていないことは、憲法31条の法意に反するものということはできず、このことはいわゆる成田新法大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。
⇒特別抗告を棄却。
判例時報2237
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