自動車のドアを開けて自転車に衝突させて傷害を負わせた場合と業務上過失傷害罪・道路交通法違反(不救護及び不報告)(肯定)
東京高裁H25.6.11
自動車の運転者が降車するために運転席ドアを開ける行為は、自動車の運転に付随する行為であって、自動車運転業務の一環としてなされたものとみるのが相当であるとして、漫然と同ドアを開け、右後方から進行してきた自転車に同ドアを衝突させて被害者に傷害を負わせた点につき業務上過失傷害罪の成立が認められたほか、同人の救護及び警察官への報告をしなかった点につき道路交通法違反(不救護及び不報告)罪の成立が認められた事例
<規定>
刑法 第211条(業務上過失致死傷等)
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
道路交通法 第67条(危険防止の措置)
2 前項に定めるもののほか、警察官は、車両等の運転者が車両等の運転に関しこの法律(第六十四条第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第三項から第六項まで並びに第八十五条第五項及び第六項を除く。)若しくはこの法律に基づく命令の規定若しくはこの法律の規定に基づく処分に違反し、又は車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊(以下「交通事故」という。)を起こした場合において、当該車両等の運転者に引き続き当該車両等を運転させることができるかどうかを確認するため必要があると認めるときは、当該車両等の運転者に対し、第九十二条第一項の運転免許証又は第百七条の二の国際運転免許証若しくは外国運転免許証の提示を求めることができる。
道路交通法 第71条(運転者の遵守事項)
車両等の運転者は、次に掲げる事項を守らなければならない。
四の三 安全を確認しないで、ドアを開き、又は車両等から降りないようにし、及びその車両等に乗車している他の者がこれらの行為により交通の危険を生じさせないようにするため必要な措置を講ずること。
道路交通法 第72条(交通事故の場合の措置)
交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。
道路交通法 第117条
車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
道路交通法 第119条
次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
十 第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項後段に規定する報告をしなかつた者
<主張>
①一般人による自動車のドア開閉行為時の不注意は、業務上の注意義務違反ではなく、一般的な注意義務違反行為⇒業務上過失傷害罪は成立しない。
②車両等の運転停止後に生じた事故は、道路交通法72条1項にいう「交通事故」には当たらず、そのことは、同項前段の規定に「直ちに車両等の運転を停止して」との文言が含まれていることも明らか。
<判断>
①について:
被告人は、刑法211条2項本文にいう「自動車の運転上必要な注意」を怠ったとはいえないものの、自動車運転業務の一環として、自ら降車するために運転席ドアを開けるに当たり、右後方から進行してくる車両の有無及びその安全を確認して同ドアを開けるべき業務上の注意義務があるのにこれを怠ったものというべき。
⇒
それによって被害者に傷害を負わせた被告人の行為につき業務上過失傷害罪の成立を認めた原判断は正当。
②について:
同法72条は、「交通事故」(同法67条2項参照)が発生した場合において、当該交通事故に係る運転者等をして負傷者の救護を行わせるとともに、交通秩序の回復のために必要な措置を講じさせ、もって、交通の安全と円滑を図ることを目的としている。
⇒
ここでいう交通事故とは、運転中の車両等の道路上における通行それ自体によって人の死傷等が生じた場合のみならず、本件事故のように、自動車の運転車が、道路上に車両を停止した後降車する際にそのドアを開ける行為によって人の支障等が生じた場合をも含むものと解するのが相当。
⇒
同法72条1項前段の規定は、車両等の運転を停止した後に起きた事故がおよそ交通事故に当たらないことを前提としたものとまでは解されない。
⇒
救護義務違反(同法117条1項)及び報告義務違反(同法119条1項10号)を適用した原判断は正当。
<解説>
平成25年11月20日、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」が成立し、同月27日公布。
同法は公布後6月いないに施行⇒同法施行後、自動車運転過失傷害等の適用については新法によることになる(附則1条、14条)。
本件の類似の事例として、信号待ちのため停車中同乗者が後部左側ドアから降車しようとする場合における自動車運転者の注意義務について判示したものとして、最高裁H5.10.12、判例時報1479号)
判例時報2214
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