けん銃を頭部に突き付けられての覚せい剤の使用が緊急避難とされた事例
東京高裁H24.12.18
被告人が覚せい剤を自己の身体に注射して使用した事案につき、覚せい剤密売人から拳銃を頭部に突き付けられて覚せい剤の使用を強要されたため、断れば殺されると思い、仕方なく覚せい剤を使用した旨の被告人の供述の信用性は排斥できず、被告人の覚せい剤使用行為は緊急避難に該当するとして、原審の有罪判決が破棄され、無罪が言い渡された事例
<主張>
(1)被告人が自らの意思に基づいて覚せい剤を摂取したとはいえないから、覚せい剤使用罪の構成要件に該当しない
(2)自己の生命に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずした行為であるから、緊急避難が成立する。
<規定>
刑法 第37条(緊急避難)
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
<原審>
被告人にAへの接触を依頼したことはない等の警察官らの証言は信用できる
けん銃を突き付けて覚せい剤使用を強要するということ自体が荒唐無稽である
⇒被告人の供述は信用しできない
<判断>
覚せい剤の使用経緯に関する被告人供述の信用性は排斥できない
●主張(1)について:
被告人は、心理的に覚せい剤の窃取を強要される状況にあったとはいえ、覚せい剤をそれと認識しながら、自分で自己の身体に注射した⇒被告人の行為は、覚せい剤使用罪の構成要件に該当する
●覚せい剤を使用してその影響下にあるAから、けん銃を頭部に突きつけられ、目の前にある覚せい剤を注射するよう迫られた
⇒「現在の危難」の存在を肯定
「やむを得ずにした行為」とは、危険を避けるためには当該避難行為をするよりほかに方法がなく、そのような行為に出たことが条理上肯定し得る場合をいう
本件における危険の切迫度、時間的場所的状況
⇒被告人が危害を加えられることなくその場を離れるためには、覚せい剤を使用する以外に他に取り得る現実的な方法はなかった
危難にさらされていた法益の重大性、危難の切迫度の大きさ、避難行為の内容、本件に至る経緯等
⇒本件覚せい剤使用行為が条理上肯定できないものとはいえない
法益の権衡も肯定
⇒無罪
<解説>
●緊急避難の成立要件:
① 自己又は他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危険があること(危難の現在性)、
②危難を避けるために「やむを得ずにした行為」であること(補充性)
③避難行為から生じた害が避けようとした害の程度を超えななかったこと(法益の権衡)
●危難が現在しているといえるためには、
「法益の侵害が間近に押し迫ったこと、すなわち、法益侵害の危険が緊迫したこと」(最高裁昭和24.8.18)が必要。
物理的強制による場合(凶器を持たされた手をつかまれて他者を刺した場合など)は刑法上の行為とはいえないが、心理的強制にとどまる場合(凶器を持たされた手をつかまれて他者を刺した場合)は刑法上の行為に該当すると解するのが通説。
●「やむを得ずにした行為」について、判例は、当該避難行為をする以外には他に方法がなく、そのような行為に出たことが条理上肯定し得る場合を意味する(最高裁昭和24.5.18)。
Aによる本件強要行為を招いたことにつき、被告人に何らかの帰責性が認められるような場合には、本件覚せい剤使用について条理上肯定できず、やむを得ずにした行為とはいえないと判断される可能性もある。
現在の危難が行為者の有責行為により自ら招いたものであり、社会通念に照らしてやむを得ないものとしてその避難行為を是認し得ない場合は、本条の適用はない(大判大13.12.12)。
●法益権衡:
個人的法益と国家的法益・社会的法益など異なる種類の法益が対立する場合にも成立し得る
・産婆が分娩を取り扱った後、容態が悪化した患者に対し、医師の診断を講うことなく、カンフル液の注射をした産婆規則違反被告事件(大判昭9.3.31)
・列車乗務員が、隧道を通過するに当り、牽引車両の減車を行わなければ、隧道内で発生する熱気の上昇、有毒ガス等のため生命身体に被害を受ける危険が常時存在するときは、隧道通過前に3割の減車を行うことは現在の危難を避けるためやむを得ない行為(最高裁昭和28.12.25)but全面的に職場を放棄するがごときは、過剰避難
・酒乱の弟からの攻撃を避けるために酒気帯び運転で自動車を運転した事案で、過剰避難の成立を認めたもの(東京高裁昭和57.11.29)
・少年が対向車との衝突を回避するためにやむを得ず通行区分違反を犯した事案で緊急避難を認めたもの(長崎家佐世保支昭和49.4.11)
各法益の種類や内容、当該事案の具体的事情に照らし、社会通念に従って判断されるべき。
判例時報2212
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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