第三者からの暴行と使用者の安全配慮義務(肯定)。解雇の有効性。
東京地裁H25.2.19
1.病院での勤務中、看護師が入院患者から暴行を受けて傷害を負った事案において、使用者である医療法人に安全配慮義務違反が認められた事例
2.(復職後、右一の暴行とは別の)患者からの暴力行為によって適応障害を発症したとして休職した看護師に対する休職期間満了を理由とする解雇が有効とされた事例
<事例>
第1事故、第2事故に関し被告には安全配慮義務違反があったなどと主張して、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償を請求。
原告の適応障害は労基法19条1項の「業務上の傷病」であるから、被告の休職期間満了による解雇は無効であると主張し、解雇後の未払賃金を請求。
<Yの主張>
安全配慮義務違反はない。
Xの主張する暴行態様は誇大なものであって、原告に発症したとする適応障害との間には業務との間の相当因果関係がない。
<規定>
労基法 第19条(解雇制限)
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
②前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。
労基法 第75条(療養補償)
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
②前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
<判断>
●第1事故について
被告病院においては、せん妄状態にある患者や認知症により不穏な状態にある入院患者から暴行を受けることがごく日常的にあった
⇒
被告には、看護師が患者から暴行を受け、傷害を負うことについて予見可能性があった
⇒
被告としては、そのような不穏な患者による暴力行為があり得ることを前提に、看護師らに対し、ナースコールが鳴った際には看護師が患者から暴力を受けていることをも念頭に置いて直ちに応援に駆け付けることを周知徹底すべき義務を負っていた。
被告は上記義務を怠った結果、原告が第1事故の暴行を受けた際、他の看護師が直ちに駆けつけることなく、対応が遅れ、原告に後遺障害を残す重い障害を負わせる結果になった。
●第2事故について
原告の復職に当たり、消去法的な選択ではあるものの、その了解を得た上で病棟勤務とすることを決めた
⇒病棟勤務としたことをもって安全配慮義務違反であるということはできない。
第2事故の態様として、患者から腕を掴まれるなどしたほか実際に殴られたわけもなく、その直後にも通常どおり勤務をこなし、周囲の者のその事故の存在に気付かないような状況
⇒同事故が精神障害発症の引き金になるような重度の心理的負荷をもたらすものであったとは認め難い。
⇒同事故と原告の適応障害発症との間には相当因果関係はない。
●解雇の有効性
労基法19条1項本文の「業務上の」傷病とは同法75条や労働保険法上の「業務上」と同義に解すべきであるところ、業務上の傷病といえるためには、いわゆる「ストレス・・・脆弱性」理論を踏まえ、平均的労働者にとって、当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症させる危険性を有すると認められることが必要。
第2事故等に関する心理的負荷が精神障害発症の引き金となるほどのものではなかった
⇒原告の適応障害は業務上の傷病に当たらない⇒解雇は有効
<解説>
第三者による生命・身体への侵害行為についての使用者の安全配慮義務違反が問われた事例:
最高裁昭和59.4.10:
宿直勤務中の従業員が窃盗目的で侵入した者に殺害された事案で、
社屋の夜間出入口にのぞき窓やインターホンを設けていないため、宿直員においてくぐり戸を開けてみなければ来訪者が誰であるかを確かめることが困難であり、そのため来訪者が無理に押し入ることができる状態となり、これを利用して窃盗犯が浸入し宿直員に危害を加えることのあるのを予見しえたにもかかわらず、のぞき窓、インターホン等の盗賊防止のための物的設備を施さず、また、宿直員を新人社員1人としないで適宜増員するなどの措置を講じなかったなどの事実関係の下で、使用者の安全配慮義務違反が認められている。
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