被災労働者の事業場名の開示と情報公開法
大阪高裁H24.11.29
1.脳血管疾患及び虚血性心疾患等について労災補償の支給決定がされた被災労働者が所属していた事業場名は、情報公開法5条1号の不開示情報に該当し、同号ただし書ロによる公益上の義務的開示が求められる情報に該当しないとされた事例
2.右事業場名は、同法5条2号イの不開示情報に該当し、同号ただし書による公益上の義務的開示が求められる情報に該当しないとされた事例
3.右事業場名は、同法5条6号柱書所定の不開示情報に該当するとされた事例
<事案>
Xが処分行政庁に対し、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成21年法律第66号による改正前のもの)に基づき、大阪労働局管内の各労働基準監督署長が脳血管疾患及び虚血性心疾患等に係る労災補償給付の支給請求に対して支給決定を下した事案について、その処理状況を把握するために作成している処理経過簿のうち
①被災労働者が所属していた事業所名欄のうち法人名が記載されている部分
②労災補償給付の支給決定年月日の開示を請求したところ、処分行政庁が、本件文書の一部は法5条1号所定の不開示情報に該当するとして、開示しない旨の決定をしたため、被災労働者が所属していた事業場名欄のうち法人名記載部分を不開示とした部分は違法であるとして、その取消しを求めた事案。
<規定>
行政機関の保有する情報の公開に関する法律 第5条(行政文書の開示義務)
行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。
一 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
イ 法令の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報
ロ 人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報
ハ ・・・
二 法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。
イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの
ロ 行政機関の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供されたものであって、法人等又は個人における通例として公にしないこととされているものその他の当該条件を付することが当該情報の性質、当時の状況等に照らして合理的であると認められるもの
六 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
イ 監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ
ロ 契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ
ハ 調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ
ニ 人事管理に係る事務に関し、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ
ホ 独立行政法人等、地方公共団体が経営する企業又は地方独立行政法人に係る事業に関し、その企業経営上の正当な利益を害するおそれ
個人情報保護法 第2条(定義)
この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。
<原審>
事業場名欄が存在しない平成16年度の処理経過簿に係る部分を除き、Xの請求を認容
<判断・解説>
●
法5条1号(個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの)該当性
処理経過簿に記載されている事業場名はそれ自体で被災労働者個人を識別できる情報にあたらないので、「他の情報」と照合することによって本件文書に記載されている労災補償給付の支給決定を受けた被災労働者個人を識別することができることとなる情報に当たるか?
特定範疇の者にとって容易に入手しうる情報も、法5条1号にいう「他の情報」に当たる。
←
①他の情報との照合により不開示規定が保護しようとする利益が害される場合に不開示としうることは、個人情報には限定されないのに、法5条1号が個人情報についてのみ明文でその旨を規定
②個人情報保護法2条1項と異なり法5条1号は照合の容易性を要件としていないなど、法が個人情報の保護に万全を期している
法は開示請求の主体を制限しておらず、当該特定範疇の者が開示請求をする可能性もあり、このような者との関係でも個人情報の保護を図る必要がある。
本件では、当該被災労働者の近親者のほか、同僚や取引先関係者も、事業場名と、その保有し、入手しうる情報とを併せ照合することにより、当該被災労働者個人を識別することができる
⇒
事業場名は、法5条1号所定の不開示情報に該当する。
●
法5条2号イ(法人等に関する情報であって、公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの) 該当性
本判決:
脳・心疾患に係る死亡事案で労災認定がされたという事実は、それだけで使用者に過失や法理違反があることを意味せず、また、被災労働者の基礎疾患等個別の事情の影響がありうるものであるが、原判決に対するマスコミ報道、インターネットへの投稿などに鑑みれば、社会的には、上記事実だけで、特段の留保を付さず「過労死」あるいは「ブラック企業」という否定的評価をもって受け止められ、そのような企業への就職を避けるべきであるとの言説も紹介され、当該企業の製品の不買を言明する者が存在する等の事情があり、原判決後に実施されたアンケートで多くの企業が危惧する不利益は単なる抽象的な可能性の域にとどまるものではなく、蓋然性の域に達している。
正当な利益を害するおそれについては法定保護に値する蓋然性が求められる。
ただ、どの程度の客観的蓋然性が求められるかは事案ごとに判断される。
●
事業場名が法5条1号ただし書ロ、5条2号但書所定の公益上の義務的開示が求められる情報に該当するか
本判決:
法5条1号ただし書ロ、5条2号ただし書が適用される場合、不開示により保護される利益と、開示により保護される利益を比較衡量し、後者が前者に優越すると認められたときに開示が義務づけられるものと解されるが、開示に伴う不利益を個人や法人等に受忍させた上で例外的に開示させるためには、その開示により人の生命、健康、生活又は財産等の保護に資することが相当程度具体的に認められることを要すると解するのが、ただし書という条文の構造からみても相当。
①個人情報が法において重要な事実と位置付けられていること、被災労働者が脳血管疾患及び虚血性心疾患等を含む病気に罹患し、被災労働者ないしその遺族が労災補償給付を受けたことは通常第三者に知られたくないもので、開示されれば求職の際不利になるなどの不利益もありうる
②事業場名の開示により法人等に前記のような不利益があり得る
③事業場名の開示により、当該法人等の労働者の生命・身体の保護に資するという具体的な関係は認められない
⇒
事業場名は法5条1号ただし書ロ、5条2号ただし書所定の公益上の義務的開示が求められる情報に該当しない。
●
法5条6号(国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、同号イないしホに掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの)該当性
本判決:
労災補償保険給付事務の実際について詳細に検討した上、事業場名が開示されるとなれば、不利益をおそれて事業主が任意の調査に応じなくなる蓋然性が認められ、その場合、事業主の任意の協力を得る必要が高い労災保険給付事務の性質上、事務又は事業の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性が認められると判断。
http://www.simpral.com/hanreijihou2013kouhan.html
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
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