混合診療における保険診療に相当する診療部分に係る保険給付の可否
最高裁H23.10.25
単独であれば保険診療となる療法と先進医療であり自由診療である療法とを併用する混合診療における保険診療に相当する診療部分に係る保険給付の可否
いわゆる混合診療事件上告審判決
<事案>
保険医療機関から、単独であれば保険診療となる療法と自由診療である療法とを併用する混合診療においては、健康保険法が特に許容する場合を除き、自由診療部分のみならず、保険診療相当部分についても保険給付を行うことはできない旨の厚労省の解釈(「混合診療保険給付外の原則」)に従い、両療法を併用する混合診療を継続することはできないと告げられ、これを断念せざるを得なくなったため、厚労省の右解釈に基づく健康保険行政上の取扱いは健康保険法ないし憲法に違反すると主張して、被告に対し、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして、右の混合診療を受けた場合においても保険診療相当部分であるインターフェロン療法について健康保険法に基づく療養の給付を受けることができる地位を有することの確認を求める事案。
<規定>
健康保険法 第86条(保険外併用療養費)
被保険者が、厚生労働省令で定めるところにより、第六十三条第三項各号に掲げる病院若しくは診療所又は薬局(以下「保険医療機関等」と総称する。)のうち自己の選定するものから、評価療養又は選定療養を受けたときは、その療養に要した費用について、保険外併用療養費を支給する。
・・・
<1審>
健康保険法の規定の文言上、混合診療保険給付外の原則を導く法的根拠はなく、同法の規定上単独診療の場合に「療養の給付」(保険診療)とされる診療部分は混合診療の場合でも「療養の給付」に当たると解すべきである
⇒原告は療養診療の場合でもインターフェロン療法について「療養の給付」を受けることができる権利を有するとして、原告の請求を認容。
<原審>
混合診療については、健康保険法が明文で認める例外(法86条の保険外併用療養費に係る制度の対象となる評価療養及び選定療養。平成18年改正前は特定療養費に係る制度の対象となる高度先進医療に係る療養等及び選定療養)の場合を除き、法86条の保険外併用療養費に係る制度の内容、立法趣旨、立法経緯等及び制度全体の構造等に照らし、単独診療の場合に「療養の給付」(保険診療)とされる診療部分を含めて被保険者が受けた療養の全体が「療養の給付」に当たらなくなると解すべきであり、このように解すことは憲法14条等にも違反しない
⇒第1審判決を取り消、原告の請求を棄却。
<判断>
健康保険法86条において評価療養について保険外併用療養費に係る制度が定められたことについては、1つの疾病に対する療養のうち、保険給付の対象とならない自費の支出を要する診療部分(先進医療に相当する診療部分等)のあることを前提として・・・、基本的に保険給付の対象となる診療部分(保険診療相当部分)について金銭支給することを想定して設計されたものと解してこそ、被保険者が一部負担金以外には支払を要しない現物給付としての療養の給付に係る制度とは別に、これに含まれない金銭支給としての保険給付である保険外併用療養費に係る制度を設けたことが意味のあるものとなること及び「保険医が特殊な療法又は新しい療法等を行うこと及び所定の医薬品以外の薬物を患者に施用し又は処方すること並びに保険医療機関が被保険者からの療養の給付に係る一部負担金の額を超える金額の支払を受けることが原則として禁止される中で、先進医療に係る混合診療については、保険医療にける安全性及び有効性を脅かし、患者側に不当な負担を生じさせる医療行為が行われること自体を抑制する趣旨を徹底するとともに、医療の公平性や財源等を含めた健康保険制度全体の運用の在り方を考慮して、保険医療機関等の届出や提供される医療の内容などの評価療養の要件に該当するものとして行われた場合にのみ、上記の各禁止を例外的に解除し、基本的に被保険者の受ける療養全体のうちの保険診療相当部分について実質的に療養の給付と同内容の保険給付を金銭で支給することを想定して、法86条所定の保険外併用療養費に係る制度が創設された」という「制度の趣旨及び目的や健康保険法の法体系全体の整合性等の観点」から、法86条等の解釈として、混合診療保険給付外の原則を導くことができると判示し、これは憲法14条等にも違反しない。
⇒
原告の上告を棄却。
<説明>
●
禁止規範としての混合診療禁止の原則は、保険医療機関及び保険医療養担当規則において明示的に規定されており(療担規則18条19条)、これが健康保険法(70条1項、72条1項)の委任の範囲内にあることは異論はない。
but
健康保険法は、現物給付としての療養の給付を行う旨の規定を設けながら、右禁止規範い違反して混合診療が行われた場合に、単独診療であれば療養の給付に該当する保険診療相当部分について、保険給付を行わないか否かについての明文の規定を欠いている
⇒その帰趨が問題となった。
●
保険外併用療養費又はその前身である特定療養費に係る制度創設前においては、法の委任を受けた療担規則により、保険医が特殊な療法又は新しい療法等を行うこと及び厚生大臣の定める医薬品以外の医薬品を患者に施用し又は処方すること並びに保険医療機関が被保険者から療養の給付に係る一部負担金の額を超える金額の支払を受けることはいずれも禁じられ、歯科医師である保険医については更に厚生大臣の定める歯科材料以外の歯科材料を歯冠修復及び欠損補てつにおいて使用してはならないとしてたところ、歯科材料費については厚生省保険局通知によって、入院料(室料)については運用によって、それぞれいわゆる差額徴収の取扱いが認められ、これに沿っていわゆる差額徴収の取扱いが認められ、これに沿って健康保険行政が運用されていた。
but
規定上の不明確さから、差額徴収による患者の自己負担額が高騰したほか、患者が差額の支払を事実上強要されるような事態が生じた。
⇒
そのような弊害を防止しつつ、医療に対する国民のニーズの多様化等に対応して、必要な医療の確保を図るための保険の給付と患者の選択によることが適当な医療サービスとの間の適切な調整を図るため、選定療養に関する特定療養費に係る制度が創設された。
⇒
患者は、保険医療機関から提供される差額ベッド等(選定療養)の具体的な内容や費用をあらかじめ十分に認識した上で、その要否について実質的な選択を行い、これを必要としない場合には一部負担金のみを拠出して現物給付(療養の給付)のみを受け、これを必要とする場合には一部負担金とほぼ同額の費用のほか差額(患者の自己負担金)を支払い、療養の給付に相当する金銭給付(特定療養費)の支払を受けることで、明確な制度の下で選定療養を受けることが可能となった。
高度先進医療についても、国民皆保険の前提の下で、医療の公平性や財源等を復縁田健康保険制度全体の運用の在り方を考慮して、混合診療保険給付外の原則を採ることを前提に、安全性及び有効性が確立された高度先進医療については、被保険者が所定の要件を満たす高度先進医療に係る療養等(現行法では評価療養に相当する。)を受けた場合にのみ、これと併せて受けた保険診療相当部分をも含めた被保険者の療養全体を対象とし、基本的にそのうちの保険診療相当部分について実質的に療養の給付と同額・同内容の保険給付が金銭で支給されることを想定して、特定療養費に係る制度が創設された。
現行の保険外併用費にかかる制度も、この特定療養費に係る制度を承継したものであり、その趣旨や制度構造は共通。
●
最高裁は、混合診療保険給付外の原則を導入した制度趣旨である、提供する医療の質(安全性及び有効性等)の確保や財源面からの制約等の観点からすれば、健康保険により提供する医療の内容の範囲を合理的に制限することはやむを得ないとして、混合診療保険給付外の原則を内容とする法の解釈は、不合理な差別を来すものとも、患者の治療選択の自由を不当に侵害するものともいえず、また、社会保障制度の一環として立法された健康保険制度の保険給付の在り方として著しく合理性を欠くものいうこともできない。
⇒憲法14条1項、13条及び25条に違反するものであるということはできない。
●
混合診療保険給付外の原則は、混合診療の禁止か解禁かという二者択一の問題ではなく、条件付き解禁か全面的解禁かという問題。
http://www.simpral.com/hanreijihou2013zenhan.html
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