神戸市債権放棄議決事件上告審判決
最高裁H24.4.20
1.市がその職員を派遣し又は退職の上在籍させている団体に対し公益的法人等の一般職の地方公務員の派遣等に関する法律所定の手続によらずに上記職員の給与相当額の補助金又は委託料を支出したことにつき、市長に過失があるとはいえないとされた事例
2.普通地方公共団体が条例により債権の放棄をする場合におけるその長による放棄の意思表示の要否
3.住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の不当利得返還請求権を放棄する旨の議会の議決の適法性及び当該放棄の有効性に関する判断基準
4.住民訴訟の係属中にされたsの請求に係る市の不当利得返還請求権を放棄する旨の条例の制定に係る市議会の議決が適法であり、当該放棄が有効であるとされた事例
<事案>
普通地方公共団体の長等に対する損害賠償請求や第三者に対する不当利得返還請求の義務付けを求める地方自治法242条の2第1項4号所定のいわyるう4号訴訟の提起後、事実審口頭弁論終結前に、当該請求に係る債権を放棄する旨の議会の議決ないし条例の制定がされた場合のその適法性が争点となった事案。
神戸市の住民である原告X(被控訴人、被上告人兼相手方)らが、神戸市が職員を派遣しているいわゆる外郭団体に対する補助金や委託料の支出が派遣職員の人件費に充てられていることが、「公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」(派遣法)を潜脱するもので違法、無効であるとして、被告Yを相手として、
①当時の市長に対する損害賠償請求と
②当該団体に対する不当利得返還請求をすること
の義務付けを求める住民訴訟(4号訴訟)
<規定>
地方自治法 第242条の2(住民訴訟)
普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第四項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第四項の規定による監査若しくは勧告を同条第五項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
一 当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求
二 行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求
三 当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求
四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合にあつては、当該賠償の命令をすることを求める請求
<一審>
本件の補助金、委託料の支出を違法、無効とし、市長の過失も認定した上で、Xらの請求を一部認容
<原審>
原審がいったん弁論を終結した後、神戸市議会において、本件請求権を含む市長に対しる損害賠償請求権及び各団体に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の条例を制定し、その条例が交付。
⇒Yが、再開された弁論において右放棄による債権の消滅を主張。
右条例の公布施行のみでは放棄の効力は生じないし、さらに、右条例に係る神戸市議会の議決は、住民訴訟の制度を根底から否定するものであって議決権の濫用に当たり違法、無効。
⇒
55億円余りにも上る損害賠償請求及び不当利得返還請求の義務付けを認容。
<判断>
上告受理申立ての一部(首長の過失、放棄の有効性)を受理した上で、原判決を破棄し、
●
市長個人に対する損害賠償請求については、その過失を認めることはできないとしてこれを棄却
①・・地方公共団体が派遣先団体等に支出した補助金等が派遣職員等の給与に充てられることを禁止する旨の明文の規定はおいていない。
②派遣法制定の際の国会審議において、地方公共団体が営利法人に支出した補助金が当該法人に派遣された職員の給与に充てられることの拒否に関する質問に対し、自治政務次官が、明確に否定的な見解を述べることなく公益上の必要性等に係る当該地方公共団体の判断による旨の答弁。
③派遣法の制定後、総務省の担当者の説明。
④市のほかにも多くの政令指定投資において、派遣先団体等に支出された補助金等が派遣職員等の給与に充てられていたことがうかがわれる。
⑤裁判例の状況。
・・・の事情に照らすと、本件補助金等の支出当時の市長であった矢田において、派遣法6条2項の規定との関係で、本件各団体に対する本件補助金等の支出の適法性について疑義があるとして調査をしなかったことがその注意義務に違反するものとまではいえず、その支出をすることをが同項の規定又はその趣旨に反するものであるとの認識に容易に至ることができたとはいい難い。
そうすると、本件補助金等の支出当時の市長であった矢田において、自らの権限に属する財務会計行為の適法性に係る注意義務に違反したとはいえず、また、補助職員が専決等により行う財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反したともいえない。
⇒本件補助金等の支出につき矢田に市長として尽くすべき注意義務を怠った過失があったということはできない。
●
各団体に対する不当利得返還請求については、それを放棄する条例に係る議決の適法性についての判断の枠組みを示した上で、本件事案においてこれを当てはめた上で放棄議決の適法性を認め請求権が消滅したとして、これを棄却。
住民訴訟の対象とされる損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合についてみると、このような請求権が認められる場合は様々であり、個々の事案ごとに、当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、当該議決の趣旨及び経緯、当該請求権の放棄又は行使の影響、住民訴訟の係属の有無及び経緯、事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して、これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは、その議決は違法となり、当該放棄は無効となるものと解するのが相当である。
そして、当該公金の支出等の財務会計行為等の性質、内容等については、その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべきものと解される。
・・・・
諸般の事情を総合考慮すれば、市が本件各団体に対する上記不当利得返還請求権を放棄するkとが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であるとは認め難いというべきであり、その放棄を内容とする本件附則に係る市議会の議決がその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとはいえず、その議決は適法であると解するのが相当。
<説明>
●首長等の過失の有無
4号訴訟における首長等に対する損害賠償請求についての首長等の過失の有無については慎重に判断される必要
最高裁H22.9.10(茨木市非常勤職員手当事件):
茨木市が非常勤の臨時的任用職員に対し期末手当に該当する一時金を支給したことについて、給与条例主義等に違反する違法なものと認定しながら、当該事案の諸事情の総合判断によって市長の過失を否定し、請求を認容した原審を破棄。
●債権の放棄
債権の放棄については、地方自治法96条1項10号において議会の議決事項とされるが、その趣旨は、議会による慎重な審議を経ることにより執行機関による専断を排除することにある。
普通地方公共団体が債権の放棄をする場合、①個別的な議会の議決と②長による意思表示(地方自治法149条6号所定の財産処分としてその長の担当事務に含まれるとともに、債権者の意峰的な行為のみによって債務を消滅させるという点において債務の免除の法的性質を有するもの)という方法を採る。
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放棄が条例でされたという例外的な場合については、条例という法規範それ自体によって債権の処分が決定され、その消滅の効果が生ずるものであり、その条例がすでに交付施行されている。
⇒長による別途の意思表示まで求める根拠はない。
●議会が住民訴訟の対象となる不当利得返還請求権を放棄する議決をした場合その議決の適法性
裁判例の傾向:
放棄議決につて特別の事情がない限り適法・有効であるとするのがこれまでの裁判例の傾向。
学説:
A原則違法説
①住民訴訟制度の存在等を論拠とするもの
②首長の善管注意義務等を論拠とするもの
B:原則適法説
所轄庁等:
自治省行政局行政課
地方自治法施行令171条の7は、首長限りのいて債務の免除をすることができる場合の一般的な基準を定めたものであるが、これ以外の場合にも特に必要があると認められるときは、地方自治法96条1項9号(当時)の規定に基づき議会の議決を経て債権の免除ができる。
新4号訴訟の判決確定後も放棄を行うことは可能である。
普通地方公共団体の長の有する権利の放棄については、地方自治法96条1項10号においては、議会の議決を要するとされる。
同号に議会の議決の要件を限定する文言は何ら設けられていない⇒その放棄については、議会の裁量権に基本的に委ねられている。
その裁量権の逸脱又はその濫用が認められる場合には、その議決は違法となるものと解される。
~
その判断は、損害賠償請求や不当利得返還請求が認められる場合が様々⇒諸般の事情の総合考慮によらざるを得ない。
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